ムーサによびかける歌
学芸の女神ムーサ(Μοῦσα [mûːsa] →「9柱のムーサ」)によびかけてうたいはじめるのは叙事詩の定番だけど、古代ギリシャの音楽でいまのこってる楽譜のなかにもムーサによびかけてるものがある。
この楽譜は写本としてのこされてて、クレタ島出身の音楽家メソメーデース(Μεσομήδης [mesomɛ̌ːdɛːs])の作品としてつたわってる。メソメーデースはローマにでてハドリアーヌス帝(Hadrianus、在位117-138年)につかえたひとだけど、ここで紹介する2曲のうち1曲目は方言の特徴とか曲調からするとメソメーデースの作品とはちがうみたいだ。
写本にはこの2曲のほかにさらに2曲メソメーデースの作品がある。この4曲を最初に解読して公表したのは音楽家のビンチェンツォ・ガリレイ(Vincenzo Galilei)で、1581年にフィレンツェで出版した『古代と現代の音楽についての対話(Dialogo della musica antica et della moderna)』っていう本にのせた。このひとは16世紀すえにオペラをつくりだしたカメラータっていうグループの一員でもあって、ガリレイの理論は最初のオペラを作曲したペーリにおおきな影響をあたえたらしい。ついでにいうと、このガリレイの長男が有名な科学者のガリレオ・ガリレイだ。
で、まずはムーサによびかける歌だけど、歌詞のあとにつけた五線譜は調号がないような “調” にして、かりの小節線はこの手のものによくあるみたいにみじかいものにした。つづりのきりかたは伝統的なやりかたじゃなくて発音に即したものにしてある(古代人もこういうふうにきったりしてる)。楽譜の下の MIDI のロゴをクリックすると、MIDI ファイルでつくったメロディーがきける。実際にうたうときにはフレーズのきれ目にちょっとした やすみがはいったりしたかもしれないけど、もともと文字譜だし、そのへんのことはわからないから、単純に楽譜のとおりにしてある。
ἄειδε Μοῦσά μοι φίλη,
μολπῆς δ᾿ ἐμῆς κατάρχου·
αὔρη δὲ σῶν ἀπ᾿ ἀλσέων
ἐμὰς φρένας δονείτω.[áeːde mûːsá‿moi pʰílɛː∥
molpɛ̂ːs d‿emɛ̂ːs katárkʰuː∥
ǎurɛː ↓dé sɔ̂ːn ap‿alséɔːn∥
e↓mǎːs pr̥énas doněːtɔː]∪―∪―∪―∪―
――∪―∪――
――∪―∪―∪―
∪―∪―∪――わたし に うたって ください、 ムーサ さま、
わたし の うた を はじめて ください。
あなた の もり (せい なる ばしょ) から ふいて くる そよかぜ で
わたし の こころ を ゆりうごかして ください。

韻律は “音節” がながくてもみじかくてもいいとこを「×」とすると「×―∪―∪―∪―/×―∪―∪――」っていう2行を2回くりかえしたかたちになってる。
もう1曲はムーサのリーダー カッリオペーとムーサたちを指揮するアポッローンによびかける歌で、歌詞にでてくるレートーはアポッローンの母親、デーロス島はアポッローンがうまれたところ、それからパイオーンはアポッローンの別名。楽譜その他の注意は1曲めとおんなじ。
Καλλιόπεια σοφά, Μουσῶν προκαθαγέτι τερπνῶν,
καὶ σοφὲ μυστοδότα, Λατοῦς γόνε, Δήλιε Παιάν,
εὐμενεῖς πάρεστέ μοι.[kalliópeːa sopʰǎː|muːsɔ̂ːm prokatʰaːɡéti terpnɔ̂ːn∥
↓kǎi so↓pʰé mystodótaː|laːtûːs góne dɛ̌ːlie paijǎːn∥
eumenêːs páresté‿moi]―∪∪|―∪∪|――|―∪∪|―∪∪|――
―∪∪|―∪∪|――|―∪∪|―∪∪|――
―∪―∪―∪―かしこい カッリオペー、 よろこび を あたえる ムーサ たち を ひきいる かた よ、
そして、 ひみつ の ぎしき の かしこい みちびきて、 レートー の むすこ、 デーロス の パイオーン よ、
めぐみぶかい おふたかた は わたし の もと に おいで ください。

韻律はヘクサメトロス2行に さらにみじかい1行をたしたかたちになってる(→「古代ギリシャの韻律:ヘクサメトロス」)。
この2曲は「歌詞が古典ギリシャ語の曲」で紹介したCD、「古代ギリシャの音楽/パニアグワ」と「Music of Ancient Greece/Halaris」と「Musiques de l'Antiquité Grecque/Bélis」にはいってるし、「Ancient Greek Music」っていうサイトでもきくことができる。このサイトの「The Melodies」をクリックしてそのページにいくと曲の一覧があって、そのなかの「Mesomedes (?), two invocations」で、この2曲のメロディーがきける。それから、おんなじサイトの「The Instruments」の「・Cithara」をクリックしてそのページにいくとサンプルが4つあって、そのなかの「Invocation of the Muse」が上の1曲め、「Invocation of Calliope and Apollo」が2曲めで、タテ琴(κιθάρα [kitʰáraː キタラー])の伴奏でうたってる。
つたわってる楽譜にはかけてるとこがあるから、それをどうおぎなうかでちがいがでてくるし、そのほか解釈のちがいもある。発音はサイトのほうは古典式だけど、η の発音がちょっとまちまちで、せまい[eː]だったり(それとも[iː]?)ひろい[ɛː]だったりしてる。CD のほうはどれも現代語式の発音だけど、パニアグワと Bélis のは古典式がまじってる。それからサイトにしても CD にしても この2曲を1曲としてあつかってるのと2曲にしてるがある。
メソメーデース:メソメデス。 ハドリアーヌス:ハドリアヌス。 ビンチェンツォ:ヴィンチェンツォ。 カッリオペー:カリオペ。 アポッローン:アポローン、アポッロン、アポロン、アポロ。 レートー:レト。 デーロス:デロス。
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2008.02.27 kakikomi; 2010.09.13 kakinaosi
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