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サン・ジェルマン伯爵

サン・ジェルマン伯爵(Comte de Saint-Germain)については、おもに18世紀のヨーロッパの記録がいろいろのこってるみたいだけど、ほかの時代にもこのひとにあったことがあるっていってるひとがいたり、いろんなはなしがつたわってる。

精神世界のほうじゃ、このサン・ジェルマンはアセンションしたマスター(アセンデッド・マスター)のひとりで、いろんな本にこのひとの名まえがでてくるんだけど、そういえばアメリカのシャスタ山(先住民の聖地)の地下にあるっていう地底都市テロスのはなしにもでてきてたっけ。このひとがマスターだっていうのは現代神知学からはじまってるんだろう。神知学のほうで「マハートマ」とか「大師(マスター)」とか「アデプト」とかいってるひとたちのなかにサン・ジェルマンがいる。

いろんなとこに名まえがでてくるのはいいんだけど、翻訳のほうでちょっとどうかとおもうことがある。精神世界の翻訳書は英語からのものが圧倒的におおいもんだから(ほかの分野だってそうだけど)、このひとの名まえが「セント・ジャーメイン」とか「聖ジャーメイン」なんてことになってる。フランス語の名まえなのになんで英語よみなんだ? どうして平気で英語よみですませちゃうんだろ。これじゃフランスの首都パリ(Paris)のことを英語よみして「パリス」ってかいてるようなもんだ。それに名まえの一部の Saint を「聖」って訳すのはおかしいだろう。『星の王子さま』の作者サンテグジュペリ(Saint-Exupéry)を「聖エグジュペリ」なんて訳すことはないんだから。

で、これをみたとき、サン・ジェルマン伯爵のことをしらないでこう訳してるんだろうって最初はおもった。それだって ちゃんとしらべりゃいいんだから手ぬきだとおもうけど、しらなきゃ、こういうまちがいもありえる。ところが、なんと、ちゃんとサン・ジェルマン伯爵のことだってわかってるのに「聖ジャーメイン」とかになってる本がある。さすがに翻訳者もサン・ジェルマン伯爵のことはしってたわけだけど、それで、なんで英語よみ?

それとか日本人の作家とアーカーシャ記録をよんでるっていうアメリカ人の対談の本で、「ホワイトブラザーフッド」のメンバーとしてサン・ジェルマンの名まえがでてくるんだけど、最初は「聖ジャーメン(サン・ジェルマン伯爵。…)」になってて、つぎにでてくるとこだと「サン・ジェルマン」、そのつぎが「聖ジャーメン」。どれもアメリカ人の発言のとこなんだけど、これって翻訳をなん人かで分担したせいなのかな。

かりにサン・ジェルマンがアメリカ人のまえにすがたをあらわしたり、チャネリングでかたりかけたりしたとして、そのばあいは英語ではなすことになるとおもうし、英語よみで自分の名まえを名のるかもしれない。でもそれはアメリカ人むけに英語ではなしかけてるだけのことで、翻訳するのにそのまんま英語よみっていうのはやっぱりおかしいんじゃないかな。

たとえばイエスがなんかのかたちでアメリカ人にかたりかけるとしたら、英語で自分は Jesus [ジーザス]だって名のるだろう。それでもそれを日本語に翻訳するときは、「ジーザス」じゃなくて「イエス」って訳すはずだ。それとおんなじことだとおもうんだけど。

神知学:神智学。 アーカーシャ記録:アカシック・レコード、アーカーシャ年代記、アカシャ年代記。

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2008.02.13 kakikomi; 2009.03.27 kakikae

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