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漢語は外来語

漢字の意味だけで よみのほうはかんがえないで ことばをくみたてると、それこそ「東京特許許可局」みたいないいにくいことばができあがる。この手のものはけっこうあるけど、どうしてこういうことになるんだろ。

よみについても注意すればいいのに、っていうのはいまはちょっとおいといて、漢語そのものの性質をかんがえてみると、けっきょくは外来語だからじゃないのかな。

日本語の単語をグループわけするとき、やまとことばと漢語と外来語にわけることがおおい。最近はいった外来語にくらべて漢語はけっこうむかしにはいってきたし、外来語とはちがうっていうわけだ。たしかにそういうとこもあるだろう。でも、やっぱり外来語だっていう面も無視できないとおもう。

ひとつには漢字をみないと区別できないばあいがいっぱいあるってことがある。これはむかしの中国の発音なら区別があったのに、日本語の発音になって区別がなくなっちゃったからだ。英語の light と right がカタカナになるとおんなじになっちゃうみたいなことで、いかにも外来語らしい。

もうひとつ、漢字をくみあわせてつくったことばに いいにくいものがけっこうあるっていうのも、やっぱり外来語だからだろう。外来語をくみあわせるからこそ日本語にもともとないような音のつらなりになるわけだ。

もっとも、やまとことばだって複合語とか活用形とかでいいにくい音のつらなりになることもあることはある。でもそういうのは時間がたつにつれて いいやすいように発音がかわってく。それはむかしの漢語にしてもおんなじだ。ところが明治になって漢語でつくられた翻訳語なんかだと、まだそんなに時間がたってないし、むかしとちがって かきことばの影響がおおきいから、目でみる漢字のせいでその漢語が変化しにくい。その結果いいにくいっていう外来語まるだしの性質のまんまでのさばってるんだとおもう。

2008.03.10 kakikomi; 2010.12.20 kakinaosi

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