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漢字の仮借

漢字には「六書[りくしょ]」っていう分類法がある。後漢の許慎がかいた『説文解字[せつもんかいじ]』っていう辞書にのってる分類で、文字のつくりでわけた象形・指事・会意・形声の4種類と、文字のつかいかたでわけた転注・仮借[かしゃ]の2種類、あわせて6種類の分類だから「六書」っていってる。

このうち仮借っていうのは、漢字の音をかりて、それとおんなじ発音のほかのことばの意味をその字にもたせたもので、こうなると、漢字そのものがもともとあらわしてた意味とはぜんぜんちがうものになる。

たとえば「来」。この漢字はもともとムギの象形文字だったんだけど、発音がおんなじ「くる」っていう意味のことばをあらわす文字としてつかわれるようになった。つまり、「来」のかたちはムギをあらわしてるのに、実際につかわれてる意味はぜんぜんべつのものだ。こんなことだったら、「くる」をあらわす文字として「来」をつかう意味があるのか疑問におもう。ただ発音をあらわしてるだけで、かたちと意味は関係ないんだから、どんなかたちの漢字だっていいようなもんだ。それに、漢字じゃなくて、なんかの表音文字だってかわりがない。中国でもそうなんだから、日本語の「くる」に「来」をあてる意味がどこにあるんだろ。

仮借の漢字はけっこうおおくて、ふだんつかってる漢字にもたくさんある。つぎにその例をあげてみるけど、いまつかわれてる意味はあらためて説明するまでもないから、漢字のあとには、その漢字がもともとあらわしてた意味だけかくことにする。ここにあげた意味はおもに『角川 字源辞典』(加藤常賢・山田勝美著、角川書店)によった。

  愛: こっそりあるく
  移: イネの穂がゆれうごく
  栄: キリの木
  温: 四川省をながれる川の名まえ
  荷: フヨウ、ハス
  渦: 河南省をながれて淮水[わいすい]にそそぐ川の名まえ
  我: ホコでころす
  雅: ミヤマガラス
  各: たかいところからくだって とどまる
  革: 動物の白骨
  核: 外側を木のかたい皮でつくった いれもの
  楽: クヌギ、あるいはトチノキ
  干: 木の枝でつくった 先がふたまたの つきさす武器
  疑: こどもがよちよちして あるけないこと
  旧: フクロウ、またはミミズク
  求: 毛皮
  巨: オノの柄をいれる長方形の穴
  強: ウマバエ、またはコクゾウムシ
  権: 黄色い花の木
  原: 水のわきでる岩穴
  幻: はたおりのヒをおしかえす
  個: ヨロイをきてるひと
  己: ながい糸の先っぽ
  向: 家の北側のあかりとりの窓
  校: 足かせ
  弘: 矢をいるときの弓なりの音
  港: 本流からわかれた支流
  今: 屋根でものをおおいかくす
  混: 水が回転しながらわきでる
  左: 工作のしごとをたすける
  才: 土砂がたまって川がふさがる
  最: むりにとりだす
  者: たきぎをあつめてミのなかに貯蔵する
  斜: ひしゃくでくみだす
  邪: 斉の国の琅邪[ろうや]郡っていう地名
  若: したがう意志を口にだしていう
  種: おくれて熟すイネ、穀物のおくて
  周: かたく口をとじてしゃべらない
  所: オノで木をきるときのおと
  序: 壁だけで部屋のない家
  除: 順序よくととのえられた土の階段
  商: こどもをうむ股間の穴
  省: 目がおおわれてはっきりみえない
  浄: 魯[ろ]の都の北の城門のそとにある池の名まえ
  身: 妊娠
  真: さかさまにひっくりかえる
  新: オノで木をきりそろえる、たきぎ
  深: 川の名まえ
  静: 青色がうつくしい
  選: あとにつづいてあるく
  前: 刀できりそろえる
  創: 刀でキズつける
  他: ひとが背中に荷物をせおう
  隊: おおきな丘のたかいところから下におちる
  耐: ヒゲをそりおとす刑
  単: 先がふたまたになってる敵をつきさす武器
  治: 山東省東莱[とうらい]地方にある川の名まえ
  着: (「著」の略字)[食事につかう]はし
  著: (「箸」の俗字)[食事につかう]はし
  虫: マムシ、ヘビ
  朝: 川の水がたかくのぼる
  泥: 甘粛[かんしゅく]省にある川の名まえ
  東: 上下をくくった底のない袋
  豆: あしのたかいうつわ、たかつき
  童: ひたいにいれ墨をいれられた罪人の奴隷
  難: 金色の羽の鳥
  能: クマ
  倍: ひとにそむく
  白: 親指
  伴: ふとったひと
  番: 田んぼに種をまく
  票: 火の粉がまいあがる
  父: 手にオノをもって うつ
  不: 花びらがついてるヘタ
  部: 漢の時代の地名または部族の名まえ
  武: ひとまたぎ、半歩
  癖: たべものが胃にもたれる
  方: スキの先っぽ
  報: 罪人をさばく
  乏: 矢にあたるのをふせぐ かくれ場所
  凡: 水をうける皿
  万: 水面にうかんでる うき草 (萬: サソリ)
  未: 木の枝葉がしげる
  無: ひとがおどってるかたち
  也: ヘビ
  油: 湖北省にある川の名まえ
  右: 口ですすめる、たすける
  由: 酒をしぼる竹かご
  熊: 火のひかりがさかんなこと
  予: はたおりのヒ
  預: 顔つきがのびやか、たのしむ
  用: 牧場の木の垣根
  様: トチの木
  洋: 川の名まえ
  卵: はたおり機のふみ板
  離: 高麗ウグイス、朝鮮ウグイス
  良: 升ではかる
  類: タヌキににた動物の名まえ
  郎: 春秋時代の魯[ろ]の国の地名
  録: 銅からしみでるもの、緑青[ろくしょう]

ここにあげた漢字を漢和辞典でひくと、たとえば「形声」とかかいてあったりする。それは、もともとの意味をあらわす文字としては「形声」だってことで、いまの意味をあらわす漢字としては仮借だ。

それから、もともとの意味についてはちがう説があるものもある。そのばあいでも、とにかく仮借ってことにはかわりないのがおおいけど、なかには仮借じゃなくなるものもある。たとえば「卵」なんかはそうで、もともとカエルのタマゴをあらわしてたって説にしたがえば、この字は仮借じゃないことになる。

『角川 字源辞典』の説明によると、『説文解字』にはタマゴのかたちだってかいてあるけど、金文と古文っていうふるい字をみるとタマゴにはみえないってことで、そういわれてみると、タマゴのかたちだっていうにはたしかに疑問がある。そもそもなんでタマゴがふたつならんでなきゃいけないのかわかんないし、カエルのタマゴだとしたら、もっとたくさん卵がつらなってるはずだ。ふたつならんでるのはやっぱり両足でふむ板だからだろう。

おもしろいとおもったのは「東」の説明で、ふるい説だと、木のとこに太陽がのぼったかたちだっていうけど、それはまちがいらしい。東をあらわすのに、太陽がのぼる方向っていうのはいいけど、なんで木がなきゃいけないんだっておもってたから、この説明はなるほどっておもう。

「能」と「熊」の関係もおもしろい。「能」がもともと「クマ」をあらわしてたのに、発音をかりて「うまくできる」とかの意味でつかわれるようになったもんだから、クマには「熊」をつかうようになった。ところがその「熊」にしてももともとは「火のひかりがさかんなこと」をあらわす文字で、これも発音をかりて「クマ」をあらわしてるだけだ。

2008.03.14 kakikomi; 2010.12.23 kakinaosi

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