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中国は文字の国?

よく中国のことを文字の国っていうことがあるけど、これってどうなんだろ。たしかに、漢字をつくりだして、いまでもつかってるんだから、そういう面もある。でも、それはすごく一面的なはなしだ。

中国のことばには日本語よりもたくさんの音があるし、声調ってものもある。音楽的なことばだっていわれることもあるし、なにより、かきことばでも発音は重要な役わりをはたしてる。それは漢文をみてもわかる。

漢詩には平仄[ひょうそく]と脚韻がある。日本語の定型詩みたいに字数をあわせるだけじゃない。平仄っていうのは、四声[しせい/ししょう]、つまり平声[ひょうしょう]と上声[じょうしょう]と去声[きょしょう]と入声[にっしょう]っていう4種類の発音をくみあわせる詩の形式のことで、日本人が漢詩をかくときには、中国の発音でよめるひとはべつだけど、実際の発音の感覚なしで、ただリクツの上で辞書をたよりに漢字の平仄をあわせることになる。実際の感覚としての音楽的な面を無視して漢詩にかかわることになるから、たんに文字だけのことになっちゃう。

漢文である種のいいまわしがでてくるとき、どうしてそういう文章になってるのかっていう説明で、「口調[くちょう]による」っていうことがよくある。漢文は、中国でも むかしから ふだんのことばとはちがう文語文なんだけど、そういうものでも、文章のかきかたに口調ってものがおおきな役わりをはたしてる。

こういうことをからすると、中国のことを、日本人がいだく漢字のイメージでかんがえると、だいぶおかしなことになるんじゃないのかな。これはかんがえてみればあたりまえで、べつに中国のことばは特殊なことばじゃないんだから、ことばである以上まずは音声ってものが土台にあるにきまってる。

漢字が日本にはいってくると、日本語の漢字音としてはいろんな発音がいっしょになっちゃて、四声もなくなって、発音としてはずいぶん とぼしくて片よったものになった。でもって、音よみのほかに訓よみもあるから、漢字と もともとの音とのむすびつきはなおさら うすくなる。日本語にはいった漢字は、もともとあったゆたかな発音をうしなって、文字としての面だけが意識されることになって、そのために、漢字は表意文字だっていう俗説もひろまることになった。

中国が文字の国だっていうのは、こういう、日本語のなかの漢字のイメージがつよく うつしだされてるんじゃないかとおもう。

ところで、漢字は表意文字だっていう俗説に対して、ちょっとマトモなとこだと、漢字は表語文字だっていわれてたりする。このあたりのことに関して、おもしろいウェブ・ページをみつけた。「たろじいのブログ」の「「漢字は表意文字です」と だれがいっているのか?」っていう記事で、この件に関連して、政治的・社会的な側面、言語政策についてかいてあるのも興味ぶかい。こういう言語政策の政治的な意図についてはいろいろ意見もあるだろうけど、そもそも政治的な意図なんかなくて、漢字とその複雑なつかいかたがだいじな日本文化だとかおもいこんでるだけだとしても、結果としてはおんなじことだ。日本語に関して、このブログでいわれてるようなことになってることにはちがいないだろう。

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2008.03.16 kakikomi; 2010.12.23 kakinaosi

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