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エスペラント語の発音のふしぎ

国際補助語としてつくられたはずのエスペラント語にはちょっとむずかしい発音の区別がある。

ザメンホフは国際補助語としてギリシャ語とかラテン語をかんがえたこともあったけど、自分がこういうことばをならってやっぱりむずかしいって感じてたから、それはやめた。でもエスペラント語は発音の点じゃギリシャ語・ラテン語よりもむずかしくなってるとこがある。

まずはエスペラント語のアルファベットをみてみよう。

  a [aː アー]
  b [boː ボー]
  c [tsoː ツォー]
  ĉ [tʃoː チョー]
  d [doː ドー]
  e [eː エー]
  f [foː フォー]
  g [ɡoː ゴー]
  ĝ [dʒoː ジョー]
  h [hoː ホー]
  ĥ [xoː ホー]
  i [iː イー]
  j [joː ヨー]
  ĵ [ʒoː ジョー]
  k [koː コー]
  l [loː ロー]
  m [moː モー]
  n [noː ノー]
  o [oː オー]
  p [poː ポー]
  r [roː ロー]
  s [soː ソー]
  ŝ [ʃoː ショー]
  t [toː トー]
  u [uː ウー]
  ŭ [woː ウォー]
  v [voː ヴォー]
  z [zoː ゾー]

エスペラント語は1字1音の原則でつくってあるから、sh で[ʃ]をあらわすみたいに文字をくみあわせてべつの音をあらわすようなことはしない。だから記号がついてる文字がいくつかある。

ペキン語をしってるひとがつくった国際補助語には r がなくて l だけのものがある。これはペキン語に r の音がないからで(ペキン語のローマ字には r があるけど、あれはべつの音をあらわしてる)、こういうふうにかんがえてつくるひともいるんだけど、エスペラント語のばあいは r も l もある。日本語のはなし手からすると r と l の区別がないほうがありがたいし、そういうことばはほかにもあるけど、それは少数派だからなのかエスペラント語にはそういう気くばりはない。

でもまあ r と l のことはいいとして、どうかとおもうのは ĝ [dʒ]と ĵ [ʒ]の区別と、h [h]と ĥ [x]の区別だ。

ĝ [dʒ]と ĵ [ʒ]の区別がないか、どっちかしかないことばはけっこうあるんじゃないかとおもう。フランス語の j と「やらかい g」は[ʒ]だけど、イタリア語には[dʒ]しかない。日本語にはこのふたつの区別はない。「ジ」と「ヂ」はおんなじ発音だ。それぞれ[dʒi]のこともあれば[ʒi]のこともある(厳密にいうと[dʑi]と[ʑi]だったりするけど、要するにこの手の破擦音と摩擦音の区別はない)。インドネシア語の j は[dʒ]で、[ʒ]はない。ヒンディー語の「ज्」も[dʒ]で、[ʒ]はない。

h [h]と ĥ [x]の区別はさらにめずらしいんじゃないかな。ドイツ語にはこのふたつ h [h]と ch [x]があるけど、イタリア語とかフランス語にはどっちもない。それなのに にたような音を区別するのは大変だろう。日本語には[h]にあたるものがあるけど、英語とかの[h]よりちょっとつよい音だともいわれたりする。[h]と[x]の中間ぐらいがいちばんよくある発音なのかもしれない。要するにこのふたつの区別はないわけで、そういうことばはたくさんあるだろう。現代ギリシャ語には χ [x]だけあって[h]はない。ロシア語も х [x]しかない。インドネシア語には h [h]のほかに kh [x]があるけど、これは外来語だけにでてくる音で、それだって民族音の k [k]におきかえることがよくある。ヒンディー語にはもともと ह् [h]しかなくて、外来語の[x]をあらわすのに[kʰ]をあらわす文字 ख् に点をつけて ख़् にする。でもこれをちゃんと発音するのは外国語の知識があるひとで、もともとある[kʰ]か[h]の発音になることもおおい。

国際補助語としてつくったことばに区別がむずかしい音をなんでわざわざ記号をつけてまでつかわなきゃいけなかったんだろ。そういえば ĥ に関してはむずかしいとおもうひとがおおいせいか、k におきかえられる方向にある。

それから ŭ [w]と v [v]の区別だってどうなんだろうっておもわないこともない。ŭ [w]と v [v]は英語にはある。でも日本語には[w]しかないし、どっちかしかないことばはけっこうあるだろう。ドイツ語には w [v]しかないし、現代ギリシャ語には β [v]しかないし、ロシア語にも в [v]しかない。イタリア語にも単独の子音としては[v]しかない。インドネシア語には w [w]しかない。外来語につかわれる v ってつづりがあるけど、発音は[f]だ。ヒンディー語にはこのふたつの区別はないし、ネパール語もそうだ。ただそうはいっても、エスペラント語としては w って文字じゃなくて ŭ をつかってるように、もともと独立した子音としてはかんがえられてないみたいで、これがはっきり子音としてつかわれることはほとんどない。たいていは aŭ [au]みたいに二重母音の2番目の要素としてつかわれる。現代ギリシャ語とかイタリア語とかの[v]しかないことばでも、外来語に[w]がつかわれることがあるから、エスペラント語としても子音の ŭ はそんな感じのものかもしれない。

さらにいえば c [ts]と ĉ [tʃ]、s [s]と ŝ [ʃ]だって、どっちかしかなかったり区別がないことばもある。日本語のはなし手にとってはこの区別はどうってことないけど、スペイン語には[tʃ]しかないし、現代ギリシャ語には[ts]しかない。[ts]をあらわす τσ を外来語で[tʃ]みたいに発音することもあるけど、それは外国語の発音をしってるひとのばあいだ。ヒンディー語には च् [tʃ]しかない。ただし त्स् [ts]っていう子音の連続がでてくることはある。でもこれは破擦音としてのひとつの子音ってわけじゃない。それから s [s]と ŝ [ʃ]についていえば、スペイン語にも現代ギリシャ語にも s しかないし、どっちも[s]は[ʃ]にちかいような感じで発音されたりする。要するには区別がないってことだろう。

わざわざ記号をつけた文字の発音はどうしても必要だったのかな。ラテン文字をつかってるんだから、ラテン語にある発音だけ、っていうか記号なしの文字であらわせる発音だけにしとけば、発音だってやさしくなったとおもうんだけど。せっかく文法を簡潔にして規則的にして、つづりも規則的にして、なるべく簡単になるようにつくってるのに。

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 ・エスペラント語の数詞のヘンなところ(ドイツ語とかイタリア語とかフランス語とかとおんなじようなもんだけど)
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2008.03.28 kakikomi; 2011.08.14 kakitasi

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