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ギリシャ語の音程

ギリシャ語のアクセントの音程は5度をこえることはなかったっていわれてるけど、そのもとになってるのはハリカルナッソスのディオニューシオス〔ディオニュシオス〕がかいた『文章構成法』のなかのつぎの文章だ(11.5)。

διαλέκτου μὲν οὖν μέλος ἑνὶ μετρεῖται διαστήματι τῷ λεγομένῳ διὰ πέντε ὡς ἔγγιστα, καὶ οὔτε ἐπιτείνεται πέρα τῶν τριῶν τόνων καὶ ἡμιτονίου ἐπὶ τὸ ὀξὺ οὔτ᾿ ἀνίεται τοῦ χωρίου τούτου πλέον ἐπὶ τὸ βαρύ.

dialektû men ûn melos heni metrētai diastêmati tôi legomenôi dia pente hôs engista, kai ûte epitēnetai perâ tôn triôn tonôn kai hêmitoniû epi to oxy ût' anietai tû khôriû tûtû pleon epi to bary.

ディアレクトゥー・メンヌーン・メロス・ヘニ・メトレ~タイ・ディアステーマティ・トーイ・レゴメノーイ・ディア・ペンテ・ホース・エンギスタ、カイ・ウーテ・エピテ~ネタイ・ペラー・トーン・トリオーン・トノーン・カイ・ヘーミニトニウー・エピ・ト・オクスュ・ウータニエタイ・トゥー・コーリウー・トゥートゥー・プレオン・エピ・ト・バリュ。

さて、はなしことばの旋律は、およそ5度といわれるひとつの音程によってはかられる。すなわち、たかい音にむかうときには3つの全音とひとつの半音をこえてあがることはなく、ひくい音にむかうときにもその幅以上にさがることはない。

この文章を理解するためには、音程の説明が必要だろう。音程は度数であらわされる。階名をつかっていうと、ドとドはおんなじだから1度(くわしくいうと完全1度。以下おなじ)または同度っていう。ドとレの音程は2度(長2度)、ドとミは3度(長3度)、ドとファは4度(完全4度)、ドとソは5度(完全5度)になる。音名でいうと、ハとハは(完全)1度または同度、ハとニは(長)2度、ハとホは(長)3度、ハとヘは(完全)4度、ハとトは(完全)5度。英語の音名でいえば、CとCは(完全)1度または同度、CとDは(長)2度、CとEは(長)3度、CとFは(完全)4度、CとGは(完全)5度ってことになる。

ドとソの音程は5度だけど、このドとソのあいだにはレとミとファがあって、それぞれとなりどうしの音程は2度だ。この2度には長2度と短2度がある。ドとレの音程は上にかいたみたいに長2度で、レとミも長2度。ミとファは短2度で、ファとソは長2度だ。ピアノの鍵盤をみてもらうとわかるけど、となりあう白鍵のあいだに黒鍵があると長2度で、ないと短2度になる。この長2度のことを全音っていって、短2度を半音っていってる(半音がふたつで全音)。そうすると、ドとレのあいだは全音、レとミも全音、ミとファは半音、ファとソは全音で、ドとソのあいだには3つの全音とひとつの半音があることがわかる。ディオニューシオスは音があがるときもさがるときも「3つの全音とひとつの半音」をこえることはないっていってるわけだけど、この「3つの全音とひとつの半音」っていうのは5度のことだ。

ところで、この文章にはいろんな解釈がある。はなしことばの旋律の音程は5度っていうのが、文章全体のことなのか、単語についてだけいってるのかで、解釈がわかれてるし、後半におんなじようなことをくりかえしてるのも、ひっかかるとこだ。

この部分につづく文章だとはっきり単語のことをいってるから、ここだって単語のアクセントの音程のことをいってるんじゃないかとおもうけど、この文章そのものからははっきりしない。ただ、「たかい音にむかうとき」「ひくい音にむかうとき」っていったら、となりあう部分どうしの音程をいってることになるとおもうから、結果的にはひとつの単語のなかの音程をいってることになってるんじゃないかな。

それに、いま はなされてる たかさアクセントとか声調があることばの調査によると、そういうことばのアクセントとか声調の音程はだいたい5度っていうのがおおいらしいし、文章全体になると音程はもっとある。そういう実際のことばの例からしても、ここでいわれてる5度っていうのは単語のアクセントの音程だろう。

ただし、後半の解釈によっては はなしがちがってくるかもしれない。後半の文章は、あがるときと さがるときで それぞれ5度をこえることはないっていってるわけだけど、なんでおんなじ音程のことをくりかえしていわなきゃいけないのかってことが問題だともいえる。

これについては、ある平均的な たかさから上にむかって5度、下にむかって5度ってことをいってるって解釈がある。そう解釈すれば、おんなじようなことをくりかえしいってる意味もわかるってわけだ。こういうふうによむとすれば、全体の音程としては、5度と5度をあわせて9度ってことになる(たとえばドを中心にかんがえると、ドの5度上はソで、ドの5度下はファだから、ドより下のファからドより上のソまでの音程は9度で、10度じゃない)。たしかに文章全体の音程としては9度でもおかしくないかもしれない。とすると、この部分は単語のアクセントの音程じゃなくて、文章の音程のことをいってるってことになる。

でも、このくりかえしは、たんにおんなじことをいってるわけじゃないとおもう。もともと「たかい音にむかうとき」と「ひくい音にむかうとき」でその音程がおんなじだとはかぎらないだろう。だからこそ、わざわざ「ひくい音にむかうとき」についても音程の最大限はおんなじだって説明してるんじゃないのかな(ただし、あくまでも最大限のはなしだから、あがるときと さがるときで音程がいつもおんなじだっていってるわけじゃない)。そうだとすれば、結果としてはおんなじ音程のことをいってることにはなってるけど、それはそれなりに必要なことで、平均的なたかさから上と下に5度って解釈しなくてもいいとおもう。で、そういうことなら、ここを文章全体の音程のことをいってるってとらなくてもいいだろう。

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