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点字のわかちがき

点字 の わかちがき は だいたい 文節 式 で、 そう なってる 理由 と して は、

ローマ字やカナモジカイの分かち書きは、話し言葉の切れ目や、文の単位よりも細かすぎて、点字の触読には適していない。
(『日本点字表記法 2001年版』日本点字委員会)

って こと が いわれてる。 ローマ字 の わかちがき と して 一般 的 な の は 単語 式 で、 これ に たいして 文節 式 って いう の は この 本 の 説明 を 引用 する と、

 文の単位は、意味を表す自立語と、役割や立場を表す助詞や助動詞から成っており、一般に文節と呼ばれている。そこで、自立語は、単独で文の単位となるから前を区切り、助詞や助動詞は、単独で文の単位とはなれないので自立語に続けることを分かち書きの第1の原則とする。便宜的に、間投助詞の「ね」や「さ」を挿し入れて、文の意味が変わらなければ、そこで区切ってほとんど問題はない。
 形式名詞や補助用言は、実体的な意味が薄れて、助詞や助動詞に似た働きをするが、自立語であるから前を区切る。

って こと に なる。 で、 引用文 に も ある とおり 文節 で わかちがき する の は 「第1原則」 で、 この ほか に 「第2原則」 と して 「切れ続き」 って いう もの が ある。 くわしく いう と 「自立語内部の切れ続き」 って いう ん だ けど、 これ に ついて の 説明 も この 本 から 引用 する。

 文の単位ごとに区切るという点字分かち書きの第1原則だけでは、長い複合語などの場合は不十分である。そこで、自立語内部の構成要素で区切るという第2原則を導入する必要がある。その結果、点字分かち書きは、二重構造となるので、それを明確に区別するために、この第2原則を特に「切れ続き」と呼ぶこととする。
 文章の意味を理解しながら読むことができるためには、意味のまとまりごとに区切ってある方がよい。例えば、「点字図書館」が一つの自立語であっても、「テンジトショカン」と自立可能な意味の成分ごとに区切ってあった方が読みやすい。この場合、「図書館」の「館」は意味のまとまりではあるが自立性がなく、副次的な意味の成分ということができる。そこで、「図書」という自立可能な意味の成分に「館」という副次的な意味の成分を続けて、「図書館」とする方が読み取りやすい。そこで、自立的な意味の成分は区切り、副次的な意味の成分は続けるということを原則とすることができる。
 一方、日本語のリズムが4拍子であるなどと言われるように、4拍で意味のまとまりを持つことが多く、例えば、「うなどん」「学割」「プロレス」などのように、略語を作るときも4拍になることが多い。そのようなことから、どのくらいの拍数で区切るかということも考慮する必要がある。また、区切ってあるものを読みながらつないでいく方が、続いているものを、どこで区切るのかと考えながら読むよりも、意味を正確に読み取ることができる。
 和語・漢語・外来語を通して、自立可能な意味の成分は、3拍以上である場合が圧倒的に多い。そこで、3拍以上の自立可能な意味の成分は区切り、2拍以下の副次的な意味の成分は続けることを原則とすることが妥当である。ただし、2拍以下であっても、独立性の強い意味の成分は、区切った方がよい場合もある。

この 「切れ続き」 って いう の は たしか 朝鮮語 の わかちがき に も あった と おもう。 朝鮮語 の ハングル 文字 の わかちがき も 文節 式 で、 ながい 複合語 なん か は 途中 で きってる。 ただし それ は 原則 で、 くっつけて かいて も いい らしい。 この 「切れ続き」 は その まんま 単語 式 に も あてはめる こと が できる だろう。

それ に して も 「切れ続き」 って いう の は ちょっと むずかしい とこ が ある し、 すこし ずつ かわって きてる。 『2001年版』 に は、

名詞や副詞に「する」が続き、一般にサ行変格活用の複合動詞とされているものは、「する」の前を区切って書き表すことを原則とする。

って いう ふう に かいて あって 「旅行する」 「読書する」 みたい の は 「する」 の まえ を くぎる こと に なってる ん だ けど、 『1990年版』 だ と、

一般に複合動詞とされているもののうち、動作などを表す名詞に「する」が続く場合は続けて書き表すことを原則とするが、副詞に「する」が続く場合は区切って書き表す。

って こと に なってる。 これ に ついて は こう いう こと が あった らしい。

「する」の切れ続きに関しては、『90年版』当時からの課題であった。当時も全国アンケートを行ったが、意見があい半ばしたので、変更は行わなかった。しかし『2001年版』編集の参考として行ったアンケートでは、「する」の前を区切りたいという意見が70パーセントに達したので、サ変の「する」の前を区切ることに踏み切ったのである。
(『資料に見る点字表記法の変遷―― 慶応から平成まで』日本点字委員会)

この 例 に も あらわれてる けど、 どっち か って いう と だんだん と こまかく きる ほう に かわって きてる みたい で、 こんな こと も いわれてる。

中途失明者の増加で、その人たちは「7マスも8マスも続けられると読みづらい」とのことです。以前は「マスあけで迷ったときには続ける方がいい」と言われていましたが、最近は「迷ったときにはマスあけをする方が読みやすく理解しやすい」というように変わってきています。
(『点字表記辞典[改訂新版]』視覚障害者支援総合センター/博文館新社、2002年)

ローマ字 の わかちがき の ばあい 「まよった とき は きれ」 って いわれて きた らしい けど、 点字 の ばあい は 逆 だった わけ だ。 この へん は 単語 式 と 文節 式 の ちがい が でてる ん だろう。 それ が かわって きた って いう の は、 うえ に 引用 した 文章 に も ある みたい に 「区切ってあるものを読みながらつないでいく方が、続いているものを、どこで区切るのかと考えながら読むよりも、意味を正確に読み取ることができる」 って こと から して 当然 な の か も しれない。

わかちがき:分かち書き、分ち書き。

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2008.08.28 kakikomi; 2012.10.02 kakikae

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