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デーバナーガリー文字のわかちがき

インド系の文字の代表として、デーバナーガリー文字のわかちがきについて、ちょっとみてみたい。

この文字はサンスクリット語とかヒンディー語とかネパール語とかにつかわれてるんだけど、ことばによってわかちがきにちょっとしたちがいがある。

サンスクリット語はむかしはわかちがきしてなかったけど、いまはしてる。いちおう単語式で、その点はヒンディー語でもネパール語でもおんなじだ。でも、サンスクリット語のばあい、この文字の性質から、それほどわかちがきしないばあいがでてくる。

デーバナーガリー文字はいちおう音節文字で、それぞれの文字は、ビサルガとアヌスワーラっていう記号がつくとき以外は母音でおわる発音をあらわしてる(サンスクリット語の文字と発音(デーバナーガリー文字、梵字、ローマ字がき)])。ただし、音節文字っていっても、いまの言語学でいう音節と完全に一致するわけじゃない。

単語が母音かビサルガかアヌスワーラでおわってて、そのあとの単語が子音ではじまってるときは、わかちがきをする。ところが、単語が子音でおわってるときはつぎの単語につづけてかかれる。これは、まえの単語の最後の子音と、つぎの単語の最初の音が、ひとつの文字であらわされるからだ。つぎの単語が母音ではじまってたら、その母音はまえの単語の最後の子音といっしょになって ひとつの文字になるし、子音ではじまってても、その子音ではじまってる“音節”をあらわしてる文字に まえの単語の子音をあらわしてる文字がくっついて、これもひとつの文字になる。そのためにそのふたつの単語がひとつづきにかかれることになる。

さらに、連声[れんじょう](サンスクリット語で सन्धि sandhi [サンディ])の規則で、まえとうしろの単語の発音がくっついちゃって きりはなせないこともあるから、それもひとつづきにかくことになる。ただし、連声の結果、母音が連続することがあるんだけど、そのばあいは、まえの単語の母音とつぎの単語の母音のあいだは きりはなしてかかれるから、そこはわかちがきになる。

そういうわけで、発音がくっついちゃうのをそのまんまかいてるために、それなりにながい文章が途中全然きれ目がないまんま、ひとつづきにかかれるってこともでてくる(きれ目がなくなるのにはこれ以外の理由のばあいもあって、サンスクリット語はなが~い複合語をつくるのがすごくすきなもんだから、そのせいで、わかちがきなしに文字が延々とつづいちゃうこともある)。ひとつの文章がわかちがきなしに全部つづいちゃってる例をあげれば、

 अवदातान्यवदातवर्णान्यवदातनिर्भासान्यवदातनिदर्शनानि।

  avadātāny avadātavarāny avadātanirbhāsāny
  avadātanidarśanāni /

  白いハスの花は、白い色で、白いひかりをはなち、白くみえる。

これは浄土三部経のひとつ『アミダ経』の一節で、もともと4つの単語はどれも母音 -i でおわってるんだけど、つぎの単語の最初が母音 a- ではじまってるから、連声のために -i が半母音の -y になっちゃって、単語の最後の ny と最初の a をいっしょにした nya をあらわす न्य っていう文字がつかわれて、4つの単語が全部つながっちゃってる。ただしローマ字のほうは単語ごとにきっといた。

基本的にはこういうことなんだけど、それじゃよみにくいから、単語が子音でおわってても、ビラーマっていう記号をつかって子音だけをあらわして、つぎの単語ときりはなして印刷してるものもある。

ヒンディー語とネパール語だとこういうことはない。このふたつのことばのばあい、記号がつかない文字にもかならずふくまれてるはずの母音(潜在母音[ə])を発音しないことがある。単語の最後の文字によくあることなんだけど、そうすると、その単語は子音でおわることになる。でも、文字としては潜在母音がついてるのとおんなじだから、そのつぎの単語の最初の 音節 とあわせてひとつの文字であらわすことはない。

ネパール語のほうは、単語のおしまいの潜在母音を発音しない動詞の活用形には、サンスクリット語のビラーマにあたるハルっていう記号をつけるんだけど(名まえがちがうだけで、おんなじ記号)、このばあいでも、べつにつぎの単語に文字をつなげるようなことにはならない。

だから、サンスクリット語とちがって、ヒンディー語とネパール語はちゃんと単語でわかちがきしてる。それでも、ネパール語には目だつ例外がある。そのひとつは、後置詞だ。

後置詞っていうのは、英語とかの前置詞にあたるもので、前置詞は名詞のまえにおかれるから前置詞っていわれてるわけだけど、後置詞はその名まえのとおり名詞のあとにおかれる。だから日本語のテニヲハみたいな感じのものだ。ヒンディー語もネパール語も語順はだいたい日本語とおんなじで、それはこの後置詞にもいえる。

後置詞は付属語だけど、名詞とはべつのひとつの単語だ。だから、ヒンディー語だと名詞からはきりはなしてかく。単語式のわかちがきなんだから当然だろう。英語とかで前置詞を名詞につなげてかいたりしないのとおんなじことだ。ところが、ネパール語はこの後置詞を名詞にくっつけてかく。

たとえば、「インドの宗教」っていうのをヒンディー語でかくと、

भारत का धर्म
 [bʱɑːrət̪ kɑː d̪ʱərm バーラット カー ダルム]

になるけど、これをネパール語でかくと、

भारतको धर्म
 [bʱɑrət̪ko d̪ʱərmə バーラットコ ダルマ]

っていうふうに、「の」って意味の、ヒンディー語の का [カー] にあたる後置詞 को [コ]を भारत [バーラット](インド)につなげてかいて、わかちがきしない。後置詞には2文字3文字のものもあるけど、そういうのもみんなつなげてかくし、後置詞が2つ3つ つづくときも全部まえの単語にくっつけてかく。それから、動詞の不定詞とか分詞、それに形容詞にも後置詞はつくんだけど、そのばあいも まえの単語につなげてかく。

ほかにも、ヒンディー語だときりはなすのに、ネパール語だとくっつける単語がある。ひとの名まえのあとにつけて「…さん」っていう意味をあらわす जी だ(ほかにもこういうのがある)。ヒンディー語で「ラームさんの」っていうのをかくと、

राम जी का
 [rɑːm dʒiː kɑː ラーム ジー カー]

だけど、ネパール語だと、

रामजीको
 [rɑmdʒiko ラームジコ]
になる。

ヒンディー語でも、サンスクリット語文法のまねをして、後置詞を格語尾みたいにあつかって名詞にくっつけてかいてたこともあったけど、いまはそうじゃなくなった。

[ネパール語には母音のながさの区別はないから、発音記号には母音をのばす記号はつかってないけど、実際の発音だと、ながめに発音される母音があったりするから、カタカナはそれにしたがった]

デーバナーガリー:デーヴァナーガリー。 わかちがき:分かち書き、分ち書き。 ビサルガ:ヴィサルガ。 アヌスワーラ:アヌスヴァーラ。 アミダ経:阿弥陀経。 ビラーマ:ヴィラーマ。

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 ・サンスクリット語の文字と発音(デーバナーガリー文字、梵字、ローマ字がき)

2008.10.12 kakikomi; 2012.07.13 kakitasi

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