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わかちがきした作品(2) 武部利男『白楽天詩集』

白楽天(772-846)は中国の唐の時代の詩人で、日本じゃとくに平安時代に愛読された。この『白楽天詩集』は、その白楽天の詩を口語定型詩に訳したもので、わかちがきした ひらがな文でかいてある。原文の漢文も翻訳文の下についてる。手もとにあるのは六興出版からでたものだけど、六興出版は会社そのものがなくなった。いまは平凡社ライブラリーにはいってるみたいだ。

翻訳の方針として、だいたいは、原文が五言のものは五七調に、七言のものは七五調2句に、っていうふうにしてあって、わかちがきはだいたい文節式だ(スペースは全角)。ひらがな文だけど、ひとと土地の名まえはカタカナになってて、数字に算用数字をつかってるとこもある。とりあげてる作品には、みじかいのも ながいのもあって、有名な「長恨歌」とか「琵琶行」とかの翻訳もちゃんとある。

五言の詩の例をあげれば、「客中月」っていう詩はこう訳してある。

 たびさきの つき

たびびとは コウナンを たち
たつときに つきは ゆみはり
ゆっくりと たびを するうち
みたび みた まどかな ひかり

よあけには のこりの つきが
ゆうべには でたての つきが
つれないと だれが いうのか
せんりでも おいかけてくる

あさに たつ イスイの はしを
くれに つく チョウアンの まち
さて こよい つきさん きみは
どのいえに おとまりなさる

「たつときに」「するうち」「おいかけてくる」「どのいえに」「おとまりなさる」は厳密に文節にわけるんなら、「たつ ときに」「する うち」「おいかけて くる」「どの いえに」「おとまり なさる」になるだろう。文節式わかちがきの点字でもそうしてる。まあ、この翻訳は、厳密に文節でわけようってつもりはないのかもしれないけど。

七言のほうの例をあげると、「閑吟」っていう詩はこうなってる。

 きまぐれに くちずさむ

ほとけの みちを ねんごろに
まなびはじめて このかたは
ひごろ まつわる くさぐさの
こころの まよい きえうせた
ただ うたと いう やつだけは
どうして なかなか くたばらぬ
かぜと つきとに であう たび
ふと きまぐれに くちずさむ

「このかたは」は、「このかた」が複合語になってるってかんがえるなら、ここにあるとおり これでひとつの文節になる。「どうして」は、これも複合語だってみとめるとすれば、これでひとつだ。点字でも、「どう したの」はこういうふうにきるけど、「どうして」は複合語としてあつかって、つづけてかいてる。

参考までに、うえに引用した詩を単語式でわかちがきしたものをのせておくことにする(スペースは半角)。

 たびさき の つき

たびびと は コウナン を たち
たつ とき に つき は ゆみはり
ゆっくり と たび を する うち
みたび みた まどか な ひかり

よあけ に は のこり の つき が
ゆうべ に は でたて の つき が
つれない と だれ が いう の か
せんり で も おいかけて くる

あさ に たつ イスイ の はし を
くれ に つく チョウアン の まち
さて こよい つき さん きみ は
どの いえ に おとまり なさる


 きまぐれ に くちずさむ

ほとけ の みち を ねんごろ に
まなびはじめて このかた は
ひごろ まつわる くさぐさ の
こころ の まよい きえうせた
ただ うた と いう やつ だけ は
どう して なかなか くたばらぬ
かぜ と つき と に であう たび
ふと きまぐれ に くちずさむ

わかちがき:分かち書き、分ち書き。

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2008.10.16 kakikomi; 2009.03.21 kakikae

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