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「358」とヘブライ語のゲマトリア

「358」っていう数字にはいろいろおもしろいことがある、なんてことをいってるひとがいる。

そのひとによると、口座番号を「0358」にしたら、一度も金額がへらないで、ふえてくだけだった、とか、クルマのナンバーを「358」にすると燃費がよくなって、エンジン音もしずかになった、とか、徳川将軍で有名なのは、最初と最後をのぞけば、三代家光、五代綱吉、八代吉宗だけだ、とか。さらに、聖書のなかに「358」が聖なる数字だってかいてあるらしい、なんてことも。

でも、「358」が聖なる数字だって聖書にかいてあるっていうのは、とりあえずこころあたりがなかったから、新共同訳で「三百五十八」を検索してみたら、やっぱりなかった。ただし、聖書に関連して「358」がでてこないこともない。

旧約聖書の原文のほとんどはヘブライ語だ。そのヘブライ語でメシアのことを「משיח māšîa [マーシーアハ]」っていうんだけど、このことばの数が「358」になる。

ヘブライ文字は、ギリシャ文字みたいに数字としてもつかわれるから、「משיח」のつづりを数字としてよむと(ヘブライ語は右から左にむかってかく)、「מ(m)」は 40、「ש(š)」は 300、「י(y)」は 10、「ח)」は 8 で、これを全部たしあわせると 40+300+10+8=358 だから、メシアの数は「358」ってことになる。

「358」が聖なる数字だって聖書にかいてあるっていうのは、たぶんこのあたりのことなんだろう。本人は、どっかからそんなことをきいて、そういってるだけかもしれないから、メシアの数ってつもりじゃないかもしれないけど。

こういうのをゲマトリアっていって(ギリシャ語のゲマトリア」)、これをつかって聖書の文章を解釈したりする。

たとえば、旧約聖書の『創世記』第49章第10節に、「王笏はユダから離れず/統治の杖は足の間から離れない。ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。」(新共同訳)っていうとこがある。この「シロ」っていうのがちょっとナゾのことばで、いちおう土地の名まえだってことになってたりするみたいだけど、そうだとすると「シロが来て」っていう訳はおかしいことになる。関根正雄訳(岩波文庫)だと「彼がシロに来る」で、これははっきり「シロ」を土地の名まえとして解釈してるけど、新共同訳はそうじゃないんだろう。

「シロが来て」のヘブライ語の原文は「יבא שילה yābhō šîlō [ヤーボー シーロー]」で、このふたつの単語をゲマトリアで計算すると、「י(y)」は 10、「ב(b)」は 2、「אʼ)」は 1、「ש(š)」は 300、「י(y)」は 10、「ל(l)」は 30、「ה(h)」は 5 だから、10+2+1+300+10+30+5=358 で、メシアの数とおんなじなる。だから、「シロが来て」っていうのは「メシアが来て」ってことだっていう解釈になる。さらに、「王笏はユダから離れず」っていうんだから、そのメシアはユダ族の子孫だってこともよみとれる。

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 ・ギリシャ語のゲマトリア
 ・ヘボンの横浜指路教会(ついでにローマ字について)

2009.01.09 kakikomi; 2009.09.08 kakinaosi

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