« 「ちがうよ」が「ちゲーよ」になるのはどうしてか | トップページ | 「アンソロジー」の語源 »

「ちがう」の形容詞変化

前回「ちげー」っていうのは、「ちがう」っていう動詞に形容詞の語尾がついたものだろうってかんがえたけど、「ちがう」が形容詞としてつかわれてる例はほかにもあるから、そのことからしてもやっぱり「ちげー」が形容詞のかたちだっていえるんじゃないかとおもう。

「ちがう」は動詞だから、その否定形は、否定の語尾をつけて「ちがわない」になる(語幹の母音が「ア」にかわる)。学校でならう国文法だと、否定の助動詞が未然形に接続してるって説明して、「ちがわない」をふたつの品詞にわけるけど、未然形は単独じゃつかわれないから独立した単語とはいえない。つまり、単語っていうことからすると未然形なんてものはない。だから、動詞につく「ない」も助動詞なんていう単語じゃなくて、語尾だ。(わかちがきのための単語のみわけかた」の《原則Ⅱ》、「国文法のおかしなところ」)。

動詞の否定形とちがって、形容詞を否定するばあいは「ない」っていう形容詞をつかう。「たかい」の否定のいいかたは「たかくない」で、「たかく」っていう連用形のあとに形容詞の「ない」がつづく。「たかくない」には「たかくはない」「たかくもない」っていうように「は」とか「も」とかの助詞がわりこめるから、「たかく」と「ない」はそれぞれ独立した単語で、「ない」は否定の語尾じゃない。この説明は国文法でもおんなじことで、動詞と形容詞の否定のいいかたが文法的にちがってるってことじたいは国文法でもかわりはない。

で、「ちがう」の否定のいいかただけど、もともとの「ちがわない」っていう動詞の否定形のほかに、「ちがくない」っていうのがつかわれてる。これをみるとわかるように、形容詞としての否定のいいかたになってる。つまり「ちがく」っていう形容詞の連用形に「ない」っていう形容詞がつづいてる。

前回かいたみたいに、「ちがう」は意味からして形容詞みたいに感じられるから、否定のいいかたにも形容詞としてかたちができたんだろう。

「ちがう」が形容詞として変化してる例はさらにほかにもある。「ちがくて」とか「ちがかった」なんていうのがそうだ。これも「ちが・う」っていう動詞の変化形じゃなくて、「ちが・い」っていう形容詞があって、それが変化したみたいなかたちになってる。

ただし、終止形・連体形として「ちがい」っていうかたちはつかわれてないとおもう。だから、終止形・連体形はもともとの動詞のまんまの「ちがう」がふつうで、それ以外に「ちげー」っていう形容詞としての終止形・連体形もあることになる。

ちげー:違げー。 ちがくない:違くない。 ちがくて:違くて。 ちがかった:違かった。

関連記事
 ・「ちがうよ」が「ちゲーよ」になるのはどうしてか
 ・わかちがきのための単語のみわけかた
 ・国文法のおかしなところ

2009.05.21 kakikomi; 2009.05.22 kakinaosi

|

« 「ちがうよ」が「ちゲーよ」になるのはどうしてか | トップページ | 「アンソロジー」の語源 »