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『ラテン語小文典』:ラテン語・ギリシャ語の発音

ひとつのまえの記事で紹介した『ラテン語小文典』(呉茂一[くれ しげいち]・泉木吉[いずみ きよし]著、岩波書店、1957)で、ラテン語とギリシャ語の発音を説明してるとこをみると、ラテン語の発音についてはまずこういうことがかいてある。

 一般にある言語の発音というのは,時代でもって違うことが多い(そのほか,地方的,個人的,階級的その他の差異もある).従ってラテン語の発音といっても,一通りではいかない.昔の言語の発音はことに解り難いが,大体のことが(正確にいうと,現代の言語でも非常に厄介,多岐である),つまり phonema 的には,碑文や古い書物,ことに文法書,また外国語への,および外国語からの転写,その他で確かめることができる.
 ラテン語の発音の仕方も,現代欧米諸国では,それぞれの伝統により,多くは自国語の発音に倣って行われていて,その間に全く統一というものがない.欧米の学者間には,これを非として古典時代への復帰を主張する人(…略…)も多く,かなり復帰の途を進んでいるが,なお国民主義の傾向が強い.しかし我国で,そのばらばらな勝手流を継承しても仕方ないばかりか,弊害も多いので,ここでは科学的な,古典時代ラテン語の発音に従ってゆくことにする.

ギリシャ語の発音については、

 ギリシア文化の最盛期,文学の黄金時代は,西紀前5世紀から4世紀に亘る時代であった.古典ギリシア語と呼ばれるのは,この時期の,その中心であった都市アテーナイの標準的な(教養ある人士の公式用)言語(…略…)ともいうべきもので,大体散文では Platon,Xenophon,Thukydides,演説家の Demosthenes,Isokrates ら,詩(劇)ではまず Euripides の科白などを取って考えることができよう.
 発音,つまり読み方も,大体この時代が規準とされる.しかしラテン語の場合と同じように,欧米諸国では,中世以来の伝統によって(特には十八・九世紀),それぞれの国語の読み方に大いに影響された(というのは,ギリシア語がラテン語化されて,それらの国々の語彙に沢山入っているので,それを手本にした訳である),てんでんばらばらな発音法,読み方を用いて来た.最近は学問的に,かなり厳密な発音をギリシア語でも使わねばならぬ,との主張も見られるが,一般にはまだ旧来の陋習が破られていないようである.それ故(…略…),イギリスは英語風,ドイツではドイツ語風な読み方,例えば ei は英で[ai],独でも[ai],仏は[iː]; eu は英[juː],独[ɔi],仏[ø]などと読まれる.

この本はちょっとふるいから、ここにかいてあることももうふるいかもしれない。それでも英語圏の古典式発音なんかをきいてみると、ευ [eu エウ]を[juː]って発音したりしてるから、いまでもあんまりかわらないとこがあるんだろう。それから、「それぞれの国語の読み方に大いに影響された」っていえばアクセントの発音もある。けっこう厳密な古典式を採用してても、アクセントは古典ギリシャ語式の たかさアクセント(pitch accent)じゃなくて、近代西洋語式の つよさアクセント(stress accent)でよんでたりする。

むかしの発音なんかわからないってきめつけてるひともいるみたいだけど、ここにかいてあるみたいに「大体のことが(…),つまり phonema 的には,碑文や古い書物,ことに文法書,また外国語への,および外国語からの転写,その他で確かめることができる」。phonema は英語なら phoneme、ドイツ語なら Phonem、フランス語なら phonème で、日本語だと音素っていってる。まったくわからないっておもってるひとは、具体的にどういう材料をもとにして むかしの発音をしらべてるのか かんがえたこともないんじゃないかな。

現代ギリシャ語の φ の発音は /f/ で、古典語の φ も欧米の伝統的な古典式発音だとたいていは /f/ って発音してる。ところが、古典時代のローマ人はギリシャ語の単語をラテン語にうつすとき φ を ph でうつしてる。ラテン語にはちゃんと f があるんだから、φ が /f/ だったら f をつかってたはずだ。でも ph ってかいてるんだから、そういう発音だったんだろう。これは、この本で「外国語への(…)転写(…)で確かめることができる」っていわれてるばあいにあたる。

古典ギリシャ語の φ が摩擦音の /f/ じゃなくて有気閉鎖音の /pʰ/ だったってことについては、ほかにもいろいろ証拠がある。たとえば、古代の文法家とかは φ を /p/ /b/ とかの閉鎖音のグループに分類して、/s/ とかの持続音のグループにはいれてない(「閉鎖音」「持続音」っていうことばはつかってないけど)。φ が摩擦音の /f/ だったら、摩擦音は持続音なんだから、持続音のほうに分類してたはずだ。これは「古い書物,ことに文法書(…)で確かめることができる」っていうばあいにあたる。

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2009.07.15 kakikomi; 2009.07.16 kakitasi

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