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日本でみかけるギリシャ文字の名まえ

国語辞典をみる][百科事典をみる][理科系の本をみる][古典ギリシャ語の本をみる][まとめ

ギリシャ文字の名まえのことは、ひとつひとつの文字について「ギリシャ語の文字と発音」にかいたし、ギリシャ語以外のよみかたもあわせて「ギリシャ文字の名まえ(古典ギリシャ語・現代ギリシャ語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語)」に一覧表にしてある。ここでは、そういうのとはちょっとべつに、日本語のなかでつかわれてる名まえと、日本で でてる本にのってる名まえについてみてみたい。


国語辞典をみる

日本語のなかでギリシャ文字の名まえがどうなってるのか、とりあえず国語辞典をいくつかみてみることにする。国語辞典には「ギリシャ語」とかの項目にギリシャ文字の一覧表がのってるのがけっこうある。まずは、いちばんおおきい『日本国語大辞典 第二版』(全13巻、小学館)から。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφファイ
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオメガ

ここにあがってるのはだいたいよくみかける名まえだっていえるだろう。このなかで「ラムダ」(lambda、λ)と「パイ」(pi、π)と「ファイ」(phi、φ)は英語よみだ。ただし、「ラムダ」が英語よみだっていうのは案外しられてない。これからみてく本でもほとんどが「ラムダ」はギリシャ語よみってことになってる。古代ギリシャ語は「ラブダ」「ランブダ」で、現代ギリシャ語は「ラムダ」にちかい発音だけど、現代ギリシャ語が日本語の「ラムダ」のもとになったわけじゃないだろう。英語の lambda は b を発音しない(ラムダ、ランブダ、ラブダ」)。

この3つ以外はギリシャ語よみで、それはこのあとみるものにも当然でてくるけど、このギリシャ語よみにはちょっと問題がある。それについては後半でふれることにする。

「アルファ」は古典時代のギリシャ語の発音だと「アルパ」だけど、古典式で「アルファ」って発音するやりかたもあるから、ギリシャ語よみってことでいいだろう。現代ギリシャ語でも「アルファ」だし。でも、英語も「アルファ」だから英語よみなのかもしれない。っていっても、これからみてく本はほとんど「アルファ」を英語よみとはしてないから、まあそういうことなのかな。

ちなみに、シグマの小文字がふたつあるけど、ς のほうは単語のおわりにつかわれるだけで、記号なんかでつかわれるギリシャ文字としてはみることはないとおもう。こういう区別はすこしまえまでラテン文字(ローマ字)の s にもあって、活字によって f のヨコ棒がないか、右につきでてない ながいエス(ſ)がつかわれてたし、ドイツ文字にもこの区別がある(「ドイツ文字(フラクトゥーア)とドイツ語の筆記体」)。ただし、ギリシャ文字のつかいわけとはちがってる。

つぎに、『広辞苑 第六版』(岩波書店)をみると、名まえがふたつあがってるのがあって、「括弧内は自然科学での慣用読み」ってかいてある。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン(イプシロン)
Ζζゼータ
Ηηエータ(イータ)
Θθテータ(シータ)
Ιιイオータ(イオタ)
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー(グザイ)
Οοオミクロン
Ππピー(パイ)
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφフィー(ファイ)
Χχキー(カイ)
Ψψプシー(プサイ)
Ωωオメガ

ここで「自然科学での慣用読み」っていってるのはほとんどが英語よみだ。ギリシャ文字の名まえに英語よみがまじってるのは、数学とか自然科学のほうでギリシャ文字を記号としてつかってて、それを英語よみでよんでることがおおいからだ。ギリシャ文字を全部しらなくても、円周率の π は学校でならうから、この文字の名まえを英語よみの「パイ」でおぼえてるひとはおおいだろう。

英語よみについては「ギリシャ文字の名まえ(古典ギリシャ語・現代ギリシャ語・英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語)」にまとめてあるから、そこをみてもらいたいとおもうけど、ここでカッコにはいってる名まえのうち英語よみじゃないのは「イプシロン」と「イオタ」だ。

このあとみるように ε の名まえとして「イプシロン」っていうよみかたはよくでてくる。でも epsilon の英語よみにはそんなのはない。もしかしたら むかしはあったのかもしれないけど、いまはないだろう。この文字の名まえで、アクセントはイギリス英語だとたいてい -si- にあって、アメリカ英語だと ep- にある。最初の e をみじかい「イ」ってよむのはアクセントがないばあいだから、「イ」になることがありえるのはイギリス式だ。でも、そうだとしてもアクセントが i にあるから全体としては「イプサイラン」になる。実際こういう発音もあるみたいだけど、これは「イプシロン」じゃない。あと かんがえられるとしたら、アメリカ式のアクセントで最初の e を「イー」ってよむばあいで、それだと「イープスィラ(ー)ン」ってことになるけど、辞書をみるかぎりこんな発音はない。

「イプシロン」っていえば、υ (ユプシロン)のことを現代ギリシャ語で「イプシロン」っていうし、イタリア語とかでもそういう。もしかして、このあたりが ε とごちゃまぜになっちゃったのかな。ギリシャ文字の名まえに英語よみがまじってるのはとりあえずしょうがないとしても、ε のことを「イプシロン」なんていうのは、ユプシロンとまぎらわしいから、やめたほうがいいとおもう。

「イオタ」は古典ギリシャ語式の「イオータ」の母音をみじかくしただけのものだろうけど(ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい」)、iota のローマ字よみかもしれない。英語よみだったら「アイオウタ」だ(カタカナがきとしては「アイオータ」ってかくだろうけど)。

それから、「グザイ」(xi、ξ)っていうはたしかに英語よみなんだけど、いまは なくなったみたいだ。『研究社 新英和大辞典』の第五版にはイギリスの発音として[ɡɪ]ものってたけど、第六版にはなくなってる。

この「グザイ」にしても、それから「イータ」(eta、η)とか「シータ」(theta、θ)にしても、ギリシャ文字の名まえとしてつかわれてる英語よみはイギリス英語の発音だ。これは、このあとの例でもいえる。戦前の日本の英語教育はイギリス英語を手本にしてたから、こうなってるんだろう。それに、いまの英語教育はおもにアメリカ英語をおしえてるのに、英語の名まえのカタカナがきとなると、いまでもイギリス式だったりする。

さらに英語よみについていうと、イギリスとアメリカでアクセントの位置がちがってるのがあるけど、ギリシャ語の単語の英語よみとしてはイギリス式のほうが規則的だ。-eta でおわってる名まえにしても、これを「…イータ」ってよむイギリス式が英語よみとしては規則的で、アメリカ式の「…エイタ」っていうのは古典ギリシャ語にちかづけた発音だ。古典ギリシャ語だと「…エータ」だけど、英語には「エー」っていう母音がないから「エイ」になる。それにそもそも英語圏の古典式発音だとギリシャ語の「エー」を最初っから英語式の「エイ」っておしえてることがあるから、そのやりかたからすれば「…エイタ」っていうよみかたは古典ギリシャ語の発音そのものだってことになる。

つぎは『広辞林 第六版』(三省堂)をみてみよう。

Ααアルファ
Ββベータ(ビータ)
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ(ツェータ)
Ηηエータ(イータ)
Θθテータ(シータ)
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー(グザイ)
Οοオミクロン
Ππパイ(ピー)
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ(トウ)
Υυユプシロン
Φφファイ(ピー)
Χχキー(カイ)
Ψψプシー(プサイ)
Ωωオメガ

ここには『広辞苑』になかった英語よみ「ビータ」(beta、β)と「トウ」(tau、τ)がでてくる。ただし「トウ」っていうのは英語よみとしては不正確で、「トー」じゃないとおかしい。「ビータ」はイギリス英語で、アメリカ英語なら「ベイタ」っていうのがおおい。ここでも英語よみはイギリス式なのがわかる。それから、『広辞苑』は英語よみのほうをカッコにいれてたけど、こっちは逆になってるのがいくつかある。つかわれることがすくないってかんがえられるほうをカッコにいれてるんだろう。

『広辞苑』になかったよみかたとしてほかに ζ の「ツェータ」っていうがこっちにはある。これはドイツ語よみの Zeta だ。数学でリーマンのツェータ関数っていうのがあるから、そのあたりの関係なのかな(リーマンはドイツ人)。ただし、いまはゼータ関数っていうほうがおおいみたいだけど。

ギリシャ語よみの名まえとしては、『広辞苑』で「フィー」だった φ (phi)がこっちは「ピー」になってる。これだと π (pi)のギリシャ語よみ「ピー」とおんなじになっちゃうわけだけど、「フィー」と「ピー」のちがいはそもそもギリシャ語のよみかたのちがいからきてる。これについては後半でふれることにする。

つぎは『講談社 カラー版 日本語大辞典 第二版』。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεイプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθシータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクサイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ
Ωωオメガ

これは、『日本国語大辞典』みたいにそれぞれひとつしか名まえをあげてない。やっぱりギリシャ語よみと英語よみがまじってるけど、ひとつだけにするとなると こうするしかないのかな。そのためなんだろう、一覧表の下には「カタカナは便宜的表記」っていう ことわりがきがある。

ここには「グザイ」じゃなくて「クサイ」がでてくる。xi の英語よみとしては「グザイ」とちがっていまの発音のひとつだけど、これもイギリス英語だ。


百科事典をみる

こんどは百科事典をみてみることにする。まずは『世界大百科事典 改訂新版』(平凡社)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシーロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオータ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミークロン
Ππピー
Ρρロー
Σσ, ςシーグマ
Ττタウ
Υυユープシーロン
Φφフィー
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオーメガ

これも、それぞれひとつしか名まえをあげてない。でも、国語辞典とちがってぜんぶギリシャ語よみだ(ひとつをのぞいて)。さらに、国語辞典にあったギリシャ語よみとちがうものがある。それは「エプシーロン」と「オミークロン」と「シーグマ」と「ユープシーロン」と「オーメガ」で、古典式の発音どおりに ながい母音をちゃんとかきあらわしてる(「イオータ」も国語辞典だと「イオタ」になってるのがおおかった)。一見これでギリシャ語よみとしてはおかしくない感じだけど、後半であつかうように、ほんとは問題がある。そのせいだとおもうけど、ここでも一覧表の下に「カタカナによる表記は便宜的なものである」なんてかいてある。

国語辞典とかはしょうがないのかなっておもうけど、ここでも「ラムダ」がギリシャ語よみとしてのってる。これも「便宜的なもの」ってことかな。

つぎは『ブリタニカ国際大百科事典』。数字用にしかつかわれなくなったディガンマがはいってるけど、それははぶいた。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシーロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオータ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミークロン
Ππピー
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシーロン
Φφピー
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオーメガ

平凡社とのちがいは「シグマ」と「ユプシーロン」と「ピー」(phi、φ)だけど、「シグマ」と「シーグマ」はギリシャ語としてどっちもあるから それはいいとして、「ユプシーロン」はちょっと中途半端なかきかただ。ただし、「ユプシーロン」にしても「ユープシーロン」にしても、どっちも問題があることにかわりはない。「ピー」と「フィー」のちがいは国語辞典にもあった。でも、「アルファ」(alpha)のほうは「ファ」なのに「ピー」(phi)のほうは「フィー」じゃなくって「ピー」なのはちょっと一貫してない。

つぎは『大日本百科事典 ジャポニカ』(小学館)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυウプシロン
Φφファイ
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオメガ

これは英語よみがまじってて国語辞典とだいたいおんなじ感じだ。この百科事典がまえのふたつよりふるいからかな。それと、いままで でてこなかったよみかたがひとつある。「ウプシロン」がそうだけど、英語のつづり upsilon のローマ字よみなんだろう。

それから、「キー」「プシー」はこうかいてるのに、「クシイ」はなんで「クシー」じゃないんだろう。「クシイ」っていうのはこのあとにもでてくるけど。


理科系の本をみる

日本でつかわれてるギリシャ文字の名まえに英語よみがまじってるのは、理科系の分野からきてるから、こんどはそっちのほうをみてみよう。この分野の本にはギリシャ文字のよみかたの一覧がついてるのがよくある。まずは『現代数理科学事典』(大阪書籍)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン(イプシロン)
Ζζゼータ
Ηηエータ(イータ)
Θθテータ(シータ)
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー(グザイ)
Οοオミクロン
Ππピー(パイ)
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン(ウプシロン)
Φφフィー(ファイ)
Χχキー(カイ)
Ψψプシー(プサイ)
Ωωオメガ

国語辞典で英語よみもいれてたのは、この分野でつかわれてるからだったわけで、これをみても国語辞典の一覧表とにてる感じだ。カッコにはいってるのは英語よみのつもりなんだとおもうんだけど、そうすると「イプシロン」と「ウプシロン」も英語よみだとおもってるわけだ。

つぎは『岩波 数学入門辞典』。一覧表のまえに「ギリシア式読み方以外の読み方がある場合は併記しました。ただし使用頻度の少ないものは括弧で示しました」っていう説明がある。

Ααアルファ
Ββベータ (ビータ)
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン (イプシロン)
Ζζゼータ  ジータ
Ηηエータ  イータ
Θθテータ  シータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー  グザイ
Οοオミクロン
Ππ(ピー) パイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ (トー)
Υυユプシロン
Φφ(フィー) ファイ
Χχ(キー) カイ
Ψψプシー  プサイ
Ωωオメガ

それぞれひとつめにあげてるのが「ギリシア式読み方」で、そのあとにべつのよみかた(おもに英語式)がつづいてる。カッコに はいってるのはあんまりつかわれないもので、「ギリシア式読み方」でもそういうものはカッコに はいってる。つまり、かいてある位置からはギリシャ語よみとそうじゃないのの区別がついて、カッコからはつかわれてる度あいがわかるわけだ。カッコがないばあいはどっちもおんなじぐらいつかわれてるってことなんだろう。

ここには、これまでに でてこなかったよみかたがふたつある。「ジータ」(zeta、ζ)と「トー」(tau、τ)だけど、「トウ」っていうのはまえにあった。でも、英語よみとしてはここにあるように「トー」のほうが正確だ。「ジータ」っていうのは、これもやっぱりイギリス英語だけど、カッコにはいってない。つまり、「ゼータ」とおんなじぐらいつかわれてるってことになるんだろうけど、そうなのかなあ。ここまで みたなかにはでてきてなかったわけで…。

理科系の本をもうちょっとつづけることにして、こんどは学習参考書をみてみよう。まずは『改訂版 精説高校数学』(全4巻、数研出版)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθシータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ
Ωωオメガ

それから、『チャート式シリーズ 新物理』(数研出版)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεイプシロン
Ζζツェータ
Ηηイータ
Θθシータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυウプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ
Ωωオメガ

このふたつ、おんなじ出版社なのにところどころちがってる。数学と物理のちがいなのかなっておもわないでもないけど、ようするに著者のちがいか…。

『新物理』のほうには「ツェータ」がでてくるけど、このドイツ語よみはよくないとおもう。それに「イプシロン」と「ウプシロン」もやめたほうがいいんじゃないかな。それから、ここにも「クシイ」っていうかきかたがでてくる。

で、理科系らしくっていうかどっちも英語よみとかがまじってる。それから、よみかたをひとつにしぼってるけど、これは生徒が混乱しないようにってことなのかもしれない。

ついでに学習参考書をもうひとつ。『シグマベスト 理解しやすい物理Ⅰ・Ⅱ[改訂版]』(文英堂)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεイプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθシータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクサイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ
Ωωオメガ

これはこれでほかの学習参考書と ところどころちがってる。傾向としてはにてるけど、理科系のなかでもこまかいとこはいろいろちがいがあるんだろう。おんなじ物理の参考書でもちがってるわけだし。

またジテンにもどって、つぎは『三省堂 新物理小事典』。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεイプシロン,エプシロン
Ζζゼータ,ジータ
Ηηイータ
Θθシータ,テータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシ,クサイ,グザイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυウプシロン,ユプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ,プシー
Ωωオメガ

一覧表の下には「日本での読みはギリシア読みと英語読みが混在している」ってかいてある。でも、どっちともいえないのもある。それから、かきかたとしては「クシ」っていうのがいままでになかった。「プシー」のほうはのばしてるのに。

つぎは、『岩波 理化学辞典 第5版』と『天文学大事典』(地人書館)。このふたつはまったくおんなじだった。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεイプシロン
Ζζゼータ
Ηηイータ
Θθシータ
Ιιイオタ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξグザイ
Οοオミクロン
Ππパイ
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυウプシロン
Φφファイ
Χχカイ
Ψψプサイ
Ωωオメガ

これは、いままでみたのとおんなじようなもんだ。それぞれ名まえをひとつだけにしてあるから、例によって英語よみがまじってる。ここで天文学の本がでてきたけど、星座のなかの星にはだいたいあかるさの順でギリシャ文字がふってあるから、天文学は理科系の分野のなかでもギリシャ文字をよくつかうほうだろう。

『藤井旭の天文年鑑―― スターウォッチング完全ガイド 2009年版』(誠文堂新光社)をみると、一覧表の上には「( )内は英語読み」ってことわりがきがあって、ギリシャ文字は小文字だけがのってる。星につかわれるのが小文字だからだろう。

αアルファ
βベータ
γガンマ
δデルタ
εエプシロン
ζゼータ
ηエータ
θセータ(シータ)
ιイオタ
κカッパ
λラムダ
μミュー
νニュー
ξクシー
οオミクロン
πピー(パイ)
ρロー
σシグマ
τタウ
υユープシロン
φフィー(ファイ)
χキー(カイ)
ψプシー(プサイ)
ωオーメガ(オメガ)

ここには、いままでになかった「セータ」(theta、θ)っていうのがでてくる。この英語よみはイギリス式だと「シータ」、アメリカ式だと「セイタ」だから、これはアメリカ式のつもりじゃないかっておもうひともいるかもしれないけど、「( )内は英語読み」っていうことわりがきがあるから、これは英語よみのつもりじゃないわけだ。θ の発音(名まえじゃなくて)にはギリシャ語としてもふたつあって、それは古典語と現代語のちがいでもあるんだけど、欧米の伝統的な古典式だとこの文字を現代語とおんなじようによむやりかたがある。それにしたがうと「セータ」になるから、これも古典式発音のひとつだ。

「ラムダ」は英語よみなのにカッコに はいってない。ここでもやっぱり「ラムダ」が英語よみだってことに気がついてないんだろう。

それから「ユープシロン」っていうのがちょっとひっかかる。この本としては英語よみのつもりじゃないわけだけど、イギリス英語の発音には「ユープシロン」っていうのもあるし、アメリカ英語にもこれにちかい発音がある。ギリシャ語よみとしては「ユー」のとこだけのばすのはおかしい(ただし、どこをのばしても問題はある)。

ここで英語よみってことになってる「オメガ」は英語よみじゃない。omega の英語の発音はいろいろあるんだけど、どれも「オウ」ではじまるし、「オウメガ」ってかける発音がイギリスにもアメリカにもある。英語の「オウ」はカタカナで「オー」ってかくことがおおいから、そうすると「オーメガ」ってかけるわけで、「オーメガ」のほうが英語よみってことにもなる。だから「オーメガ」と「オメガ」は逆にしたほうがいいかもしれない。ただし ω の名まえを(むりに)古典式でよむと「オーメガ」になるから、逆にしづらいだろうけど。それにしても、「オーメガ」と「オメガ」はどっちもギリシャ語よみっていえるから、英語よなみんていう必要はないだろう。

おんなじ種類の本で、もっと専門的なのもみてみよう。『天文年鑑 2009年版』(誠文堂新光社)をみると、一覧表の下に「日本ではギリシャ読みと英語読みがまざって使われ,なまって慣用されている読み方もある」ってかいてあって、よみかたは「ギリシャ読み」と「英語読み」をそれぞれちがう欄にしてならべてある。



ギリシャ読み英語読み
Ααアルプアルファ
Ββベータビータ
Γγガンマガンマ
Δδデルタデルタ
Εεエ・プシーロンエプサイラン
Ζζゼータジータ
Ηηエータイータ
Θθテータシータ
Ιιイオータアイオタ
Κκカッパカッパ
Λλラムダラムダ
Μμミューミュー
Ννニューニュー
Ξξクシークサイ,ザイ
Οοオ・ミークロンオマイクロン
Ππピーパイ
Ρρローロー
Σσシーグマシグマ
Ττタウタウ
Υυユー・プシーロンユープサイラン
Φφファイ
Χχキーカイ
Ψψプシープサイ
Ωωオー・メガオミガ

この一覧表には、π の小文字のヨコに異体字がのってて、「英語読み」のとこには「パイ」のほかに「カールパイ」ってかいてあるけど、それははぶいた。その異体字は u の筆記体みたいな、a の筆記体の上の部分をきりとったみたいな文字だ。でも、こんなのあったっけ。むかしの写本にでてくる文字のなかにこれとにたようなのがあるんだけど、それは βκ の異体字っていうか筆記体だ。u の筆記体の上に π のヨコ棒をのせたかたちのものなら、π の筆記体にあるから、これのつもりなのかな。

π の異体字っていうと ϖ がある。この文字はユニコードにもはいってて、コード番号は「03D6」だ。ユニコードの一覧表だと omega pi ってかいてある。オメガみたいなかたちの π ってことなんだろう。でも、この文字は異体字っていうより筆記体の π だから、θ の異体字 ϑ をユニコードの一覧表で script theta っていってるみたいに、これだって script pi っていえばいいとおもう。それか、ユニコードの一覧表で β の異体字 ϐ を curled beta っていってるから(これだって筆記体なんだけど)、それにあわせれば curled pi ともいえるだろう。

ϖ は天文学で近日点黄経をあらわすのにつかわれてて、『天文年鑑』のなかにもちゃんとでてくる。近日点黄経は「昇交点黄経(Ω)+近日点引数(ω)」なんだけど、ここでいいたいのは、あくまでギリシャ文字のことだから、近日点黄経が大文字と小文字のオメガであらわされる要素をたしたものだってことだけわかってもらえればいい。オメガであらわされるものをたした要素だから、やっぱりオメガの一種であらわしたかったんだけど、オメガの大文字と小文字はもうつかっちゃってるから、ほんとはオメガじゃないんだけどオメガみたいなかたちの文字をつかったってことらしい。

ϖ は LaTeX コマンドだと varpi っていわれてて、これは variant pi (異体字の pi)ってことなんだろう。この文字のことは「ラウンドパイ」ともいってるらしい。それから、pomega っていうのもあって、これは pi+omega なんだろう。omega-bar っていういいかたもあるみたいで、こっちはヨコ棒つきのオメガってことだろう。でも、このふたつのいいかたはパイじゃなくてオメガになっちゃってる。

この本の一覧表にのってる π の異体字のかたちは ϖ とはちがってるけど、「カールパイ」っていうのはこれのことなんじゃないかな(ちゃんとした英語なら上にかいたみたいに curled pi だろう)。丸まってる「パイ」ってことで「ラウンドパイ」とおんなじような名まえだし。

で、はなしをもどすと、この一覧表は「ギリシャ読み」と「英語読み」をはっきりわけて、「英語読み」のほうもひととおりあげてるから、ここまでにみてきたのとはずいぶんちがう。それでも、「英語読み」をみてみると、これもイギリス英語だっていうのがわかる(ξ の「ザイ」だけはアメリカ式だけど)。ただし、いくつか不正確なのもある。「ガンマ」「カッパ」っていうのは gamma と kappa っていうつづりにひきずられたよみかたで、この mm と ppは英語だとひとつ分にしかよまないから「ガマ」「カパ」になる。「アイオタ」は上にかいたみたいに正確には「アイオウタ」で、これはカタカナがきとしては「アイオータ」ともかける。「ロー」はカタカナがきとしてはこれでいいけど、もっと正確にってことなら「ロウ」になる。それから、『藤井旭の天文年鑑』のとこでかいたみたいに、「オミガ」は正確には「オウミガ/オーミガ」じゃないといけない。ただし、この「ミ」の母音は「エ」にちかい「イ」だから「オウメガ」みたいにもきこえる。それに、「オウメガ」っていう発音もちゃんとあるから、英語よみとしては「オウメガ/オーメガ」でいいとおもう。

「ギリシャ読み」のほうはいままでとちがうのがいくつかある。基本的には『世界大百科事典』(平凡社)とか『ブリタニカ国際大百科事典』とおんなじで、母音のながさも古典式発音どおりだ。はっきりちがうのは「アルプ」と「プー」で、これは alpha と phi のそれぞれふたつあるギリシャ語よみのうち、ph を /f/ とはよまないやりかたの発音を正確にあらわそうとしてちいさいカタカナをつかってるわけだけど、このまんまじゃ日本語の文章のなかで日本語としてつかえるカタカナがきじゃない。そういう意味のカタカナがきなら「アルパ」「ピー」ってかくしかないだろう(じっさい「ピー」のほうはギリシャ語よみとしていままでにでてきてた)。っていっても、この一覧表の「ギリシャ読み」はもとからそういうつもりのものじゃなくて、なるべく正確に「ギリシャ読み」をあらわしたかったってことなんだとおもう。英語よみがつかわれてない文字もふくめて「英語読み」もひととおりのせてあるけど、それだってそういうことなんだろう。

φ については、「フィー」「ピー」「プー」がギリシャ語よみで、「ファイ」が英語よみだっていうのはとくに問題ない。α のほうは、「アルプ」はたしかにギリシャ語よみだけど、「アルファ」は英語よみともギリシャ語よみともいえる。この本以外、ここまでにみてきた本はみんな「アルファ」を英語よみのあつかいにはしてなかった。

あとすこしちがうといえば、「エ・プシーロン」「オ・ミークロン」「ユー・プシーロン」「オー・メガ」っていう中点をつかったかきかただろう。古典式発音にしてる百科事典でもこういうかきかたはしてなかった。この4つの名まえは、現代ギリシャ語でも英語でもひとつづきの単語だけど、もともとはそうじゃなくて、それぞれふたつの単語からできてる名まえだったから、こういうかきかたになってる。

それから、せっかく「ギリシャ読み」と「英語読み」をわけてるのに、「ギリシャ読み」も「ラムダ」になっちゃってる。「アルプ」なんていうかきかたまでして「ギリシャ読み」を正確にあらわそうとしてるのに。

あと、ちょっとおもしろいとおもったのは、「イプシロン」「ウプシロン」がないことだ。これは「ギリシャ読み」でも「英語読み」でもなくて「なまって慣用されている読み方」ってことでいれなかったのかな。それと、「エプシロン」「イオタ」「オミクロン」「シグマ」「ユプシロン」「オメガ」っていう母音をのばさないギリシャ語よみも一種の「なまって慣用されている読み方」ってかんがえてるのかもしれない。

で、はなしとしてはいちおうここまでが前半で、国語辞典から天文関係の本までみてきた。英語よみについてはだいたいこれでいいとおもう。このあと後半はギリシャ語よみについてかんがえてみたい。

ギリシャ文字の名まえなんだからギリシャ語よみなのはあたりまえなんだけど、英語よみがまじってるもんだから、わざわざギリシャ語よみなんてことをいわなきゃいけなくなる。ところが、ギリシャ語よみはギリシャ語よみでべつの問題があって、そのために、『世界大百科事典』は古典式の発音でギリシャ語よみをのせてても、「カタカナによる表記は便宜的なものである」なんていう いいわけめいたことをつけくわえることになった。でも、問題っていうのは、百科事典以外の本にのってる「エプシロン」とか「イオタ」とか「オメガ」みたいに、古典式だったらながくなる母音をながくしてない、ってことをいいたいわけじゃない。


古典ギリシャ語の本をみる

ギリシャ語よみの問題をかんがえるために、こんどは古典ギリシャ語の入門書と文法書をみていくことにする。っていっても、このはなしは「日本でみかける…」だから、これからみる本ももちろん日本語の本だ。ここまでにみてきた本もギリシャ語よみについては古典ギリシャ語のこういう本を参考にしたんだろう。

まずは『古典ギリシア語初歩』(水谷智洋[みずたに ともひろ]著、岩波書店)。

Ααalpha
Ββbēta
Γγgamma
Δδdelta
Εεepsīlon
Ζζzēta
Ηηēta
Θθthēta
Ιιiōta
Κκkappa
Λλlambda
Μμmȳ
Ννnȳ
Ξξ
Οοomīkron
Ππ
Ρρrhō
Σσ, ςsīgma
Ττtau
Υυȳpsīlon
Φφphī
Χχchī
Ψψpsī
Ωωōmega

ギリシャ文字の名まえはローマ字でかいてある。古典ギリシャ語の入門書のなかにはこういうふうに名まえをギリシャ文字のつづりでのせてないものがある。なにしろ入門書だから、最初にでてくるアルファベットの一覧をみるときはまだギリシャ文字はよめないってかんがえたうえでのことなんだろう。それはそうだろうけど、よめるようになったあと、ギリシャ文字のつづりをしりたいっておもうこともあるだろうから、最初はよめなくても、やっぱりギリシャ文字のつづりだってのせておいたほうがいいとおもうんだけど。

で、ここにあるローマ字は古典式発音になってて、これをカタカナにすれば『世界大百科事典』にのってたみたいな感じになる。でもって、それは「便宜的なもの」っていわなきゃいけないようなもんだったわけだから、このギリシャ語の入門書にのってるよみかたにしても、いままでいってきた問題があるってことになる。でも、この本だと、ギリシャ文字の名まえについてはとくに説明はない。

つぎは『古典ギリシア語入門』(池田黎太郎[いけだ れいたろう]著、白水社)。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシーロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオータ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー,(クセイ)
Οοオミクロン
Ππピー,(ペイ)
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシーロン
Φφフィー,(フェイ)
Χχヒー,(ケイ)
Ψψプシー (プセイ)
Ωωオーメガ

こっちはローマ字じゃなくてカタカナだけど、この本もギリシャ文字のつづりはのってない。それと、文字によっては2種類のよみかたがある。これはどっちもギリシャ語としての名まえで、カッコにはいってるほうがふるい時代のものだ。でも、このことの説明はない。

ふるいほうの名まえはここまでにみてきた本にはのってなくて、「ピー」とか「クシー」とかのあたらしいほうがつかわれてた。英語よみにしても、このあたらしいほうの名まえを英語よみしたものだ。

それから、この本の注にはこうかいてある。

ευ は後代(ビザンチン時代)に同じ音価を持つようになった αιοι と区別して「単なる(プシーロン)ευ」と呼ばれました.

こういうふうにこのふたつの文字についてはビザンチン時代にできたってことがかいてあるけど、それよりまえの時代の名まえにはふれてない。「オミクロン」と「オーメガ」についてもおんなじようなことがあるんだけど、そのこともかいてない。ちなみに、「ピー」とか「クシー」とかのあたらしい名まえは、ビザンチン時代にできたんじゃなくて、もっとふるい時代のものだ。

αφ は「アルファ」「フィー,(フェイ)」だから、このふたつの名まえにでてくる φ は摩擦音の /f/ として発音してることになる。でも、この本でおしえてる古典式発音だと φ は有気閉鎖音の /pʰ/ って発音することになってるから、それだと「アルパ」「ピー,(ペイ)」になる。つまり、文字の名まえとしてあげてるよみかたと、本文のなかでおしえてる発音がくいちがってるわけだ。こういうことになったのは、「アルファ」っていうのが日本語としてつかわれてるから、それにあわせたためだろう。

このくいちがいは χ の名まえ「ヒー」にもいえる。これだとこの文字を摩擦音で発音してることになるけど、本文のなかでおしえてる発音は有気閉鎖音の /kʰ/ だ。カッコのなかの「ケイ」はこのよみかたになってる。時期による発音のちがいをかんがえたんだろう。

あと、古典ギリシャ語の入門書なのに「ラムダ」なんていう英語よみがのってるのはなんでだろ。ほかはみんな英語よみじゃないのに。

ローマ字でかいてあったまえの本とくらべてみると、omīkron が「オミクロン」、ȳpsīlon が「ユプシーロン」で、母音をのばすとこがちがってる。古典式発音としてはローマ字でかいてあるほうがただしいんだけど、そもそもビザンチン時代にできた名まえを古典式でよむっていうとこに問題がある。いままでいってきた問題っていうののひとつはこのことだ。

つぎにみる『新ギリシャ語入門』(田中利光[たなか としみつ]著、大修館書店)はどうもこのことを問題にしてるらしい。

Ααアルパ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオータ
Κκカッパ
Λλランブダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミクロン
Ππピー
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφピー
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオメガ

ここにあがってる名まえについてはこういう説明がある。

提示した文字の名称はあれこれ勘案した上での便法的なものである.例えば第24番目の Ω ω は,「オメガ」と呼ばれるようになる前は前5,4世紀は勿論,新約聖書の時代でも,単に「オー」であった.それよりずっと後代になって行われるようになった名称を提示したのは,この方が広く馴染まれているからである.ちなみに,「オーメガ」のように書いている文法書などをよく見かけるが適切ではないと思う.
 第16番目の π(ピー)と第21番目の φ(ピー)については同じ名称を提示することになってしまった.π を英語訛りで「パイ」と呼び,φ(ピー)と区別するのも便法であろう.ちなみに,第11番目の λ は「ラムダ」と呼ぶのが一般的だが,英語訛りである.

ここにかいてあるとおり「オメガ」はあとからできた名まえで、新約聖書のころにもまだ「オー」っていう名まえだった。でも、これには疑問をもつひとがいるかもしれない。新約聖書の『ヨハネの黙示録』第1章第8節と第21章第6節と第22章第13節にこういう文章があるからだ(新共同訳)。

わたしはアルファであり、オメガである。

これをみたら、新約聖書のなかに「オメガ」がでてくるのに、なんでこのころの名まえもまだ「オー」だったなんていえるんだっておもってもおかしくないだろう。これについては原文をみればすぐわかる。

ἐγώ εἰμι τὸ ἄλφα καὶ τὸ ὦ.
(ἐγὼ τὸ ἄλφα καὶ τὸ ὦ.)

これをそのまんま訳せば「わたしはアルファであり、オーである」になる。つまり、原文は「オー」ってかいてあるんだけど、ふだん日本語で「オメガ」っていってるから、それにあわせて訳してあるわけだ。

「オメガ(ω)」はもともと ひろくて ながい「オー[ɔː]」をあらわしてて、「オミクロン(ο)」は せまくて みじかい「オ[o]」をあらわしてた。それが、そのうち ながさのちがいがなくなって、おんなじ発音になったもんだから、それぞれ「オ・メガ」(おおきい/ながいオ)、「オ・ミクロン」(ちいさい/みじかいオ)っていわれるようになった。「『オーメガ』のように書いている文法書などをよく見かけるが適切ではないと思う」っていうのは、母音のながさのちがいがなくなってからできた名まえなんだから、もとから「オメガ」っていう発音だったわけで、古典式に「オーメガ」なんて発音されたことは歴史上ないってことをいいたいんだろう。

このことは「オミークロン」「エプシーロン」「ユープシーロン」っていう名まえにもあてはまる。これも古典時代よりずっとあとになってからできた名まえだから、古典式に母音をのばしてよむのはおかしい。だから、この本のとおり「オミクロン」「エプシロン」「ユプシロン」のほうがいい。ただそうすると、こんどは古典式によんでる名まえとそうじゃないのがまじることになって、べつの問題がでてくることにはなる。

π (ピー)と φ (ピー)については、ここにかいてあることはちょっと疑問におもう。「同じ名称を提示することになってしまった」ってことだけど、ほんとにおんなじ名まえになったのかな。カタカナ発音としてはたしかにそうなんだけど。

この本はアルファ(alpha)を「アルパ」にしてる。『天文年鑑』の「ギリシャ読み」もけっきょくはこれだけど、この本でおしえてる古典式発音だと(っていうか日本の古典ギリシャ語の本はたいていそうだけど) φ (ph)は有気閉鎖音の /pʰ/ だから、それにあわせてるんだろう。そうじゃないと、ほかの本にあったみたいに文字の名まえのよみと本文でおしえてる発音がくいちがうことになる。おんなじ理由で、φ も「フィー」じゃなくて「ピー」にしたんだろう。だからカタカナでかくと π とおんなじ名まえになる。

ギリシャ語そのものの名まえと、カタカナがきにして日本語のなかでつかわれる日本語としての名まえは、はっきり区別したほうがいいとおもう。それがこの本はちょっとゴチャゴチャになってる気がする。そのために「あれこれ勘案」することになっちゃったんじゃないかな。

この本はギリシャ文字の名まえをカタカナだけでかいてるけど、これは入門書の最初のとこだからっていうことがやっぱりあるんだろう。でもそれだけじゃなくて、これも「あれこれ勘案した上での」ことなんだとおもう。「ずっと後代になって行われるようになった名称を提示したのは,この方が広く馴染まれているからである」ってかいてあることからすると、日本でよくつかわれてる名まえをかんがえにいれてるわけだ。でも、それだったら「アルファ」のほうがよかったともいえる。まあそのへんもふくめて「便法的なものである」ってことなんだろう。

でも、ギリシャ語としての名まえと日本でみかける名まえをはっきり区別すれば、「あれこれ勘案した上での便法的なものである」なんてことにはならないですむとおもう。古典ギリシャ語の入門書なんだから、日本語でどういってるかってことはべつにかんがえればいいだろう。それに、あとからできた名まえだってべつにすればいい。古典時代の発音をおしえてるのとおんなじように、古典時代の名まえをあげとけばいいだけのはなしだとおもう。

そういうふうに簡単にわりきっちゃえば、ビザンチン時代の名まえを古典式によむとか、古典式によむ名まえとよまない名まえがまじってるとか、本文でおしえてる発音と文字の名まえのよみかたがくいちがうとか、そういうことはいっさいなくなるわけで、「便法的」でも「便宜的」でもなくなる。そのうえで、なじみのある名まえとちがってるものについては、それはそれで説明をくわえればいい。

それに、古典時代の名まえをおしえるっていうのは、あくまでギリシャ語の単語として、ちゃんとした外国語の発音でおしえるわけで、カタカナ発音をおしえるわけじゃない。だから、カタカナ発音だとおんなじになっちゃう πφ はおんなじ名まえにはならないし(ただし古典時代の名まえは「ペー」)、英語よみの「パイ」をもちだす必要もない。日本語のなかでつかうカタカナの名まえとしてはそれはそれで πφ を区別したほうがいいけど、それはこれとはちがうはなしだ。そのことについては最後のほうでふれる。

「ラムダ」については、ここにははっきりと英語よみだってことがかいてある。

つぎは『ギリシャ語四週間』(古川晴風[ふるかわ はるかぜ]著、大学書林)。

Ααἄλφαアルぱ
Βββῆταベータ
Γγγάμμαガンマ
Δδδέλταデルタ
Εεἒ ψιλόν(1)エ プスィーロン
Ζζζῆταゼータ
Ηηἦταエータ
Θθθῆταてータ
Ιιἰῶταイオータ
Κκκάππαカッパ
Λλλάμβδαラムダ
Μμμῦミュー
Νννῦニュー
Ξξξῖ(1)クシー
Οοὂ μικρόν(1)オ ミークロン
Πππῖ(1)ピー
Ρρῥῶロー
Σσ, ςσίγμαスィグマ
Ττταῦタウ
Υυὖ ψιλόν(1)ユー プスィーロン
Φφφῖ(1)ぴー
Χχχῖ(1)きー
Ψψψῖ(1)プスィー
Ωωὦ μέγα(1)オー メガ

一覧表には β の異体字 ϐ もあるけど、それははぶいた。文字の名まえのギリシャ語のつづりについてる注の(1)にはこうかいてある。

 ここに掲げたのは普通に用いられるビザンティン時代の名称で,古典時代の名称は次の通り。

εεἶエイ
ξξεῖクセイ
οοὖオウ
ππεῖペイ
υユー
φφεῖぺイ
χχεῖけイ
ψψεῖプセイ
ωオー

ここにはいままでよりくわしい説明がある。ここまでにみてきた本だと断片的にしかあつかってなかったけど、古典時代よりあとにできた名まえ全部について古典時代の名まえをちゃんとあげてある。

一覧表の名まえは「普通に用いられるビザンティン時代の名称」なわけだけど、発音はみんな古典式発音になってて、有気音 /pʰ/ /tʰ/ /kʰ/ にはひらがながつかってある。ζ は「ズデータ」じゃなくて「ゼータ」だけど、これはこの本のよみかたとしては /z/ でおしえてるからだろう(ただし /zd/ /dz/ っていう発音についても説明はある)。λ の名まえは、つづりはちゃんと λάμβδα (ローマ字でかけば lambda)なのに発音は「ランブダ」じゃなくて「ラムダ」になってる。これはよくある「ラムダ」にひきずられちゃったんだろう。

古典時代の名まえのほうをみると、「エイ」とか「クセイ」とかになってるけど、これはこの本で ει っていうつづりを「エイ」ってよませてるからだ。このよみかたは日本の古典式としてはふつうだからべつにいいんだけど、古典時代の発音は「エー」「クセー」だった。この本にはそのへんの ει の発音についても注のかたちでちゃんと説明がある。こういうふうに、入門書なのにけっこうこまかいことまで注にかいてあるのがこの本のいいとこだ。

でも、ο の名まえ οὖ の発音が「オウ」になってるのはどうなんだろ。ου っていうつづりの発音についてはやっぱり注に説明があって、ふるい時期の発音を説明したあと、「すべて[uː]と発音することにしておく」ってかいてある(どの古典式でもたいていそうしてる)。でもこれだけは「オウ」になってる。っていっても、ここはむずかしいとこだろう。

ει は単語によって「エイ」だったり「エー」だったりしたのが全部「エー」になって、そのうち「イー」になった。これをよくある古典式だと「エイ」ってよむことにしてるわけで、つづりどおりによんでるみたいな感じだ。ου もにたようなもんで、単語によって「オウ」だったり「オー」だったりしたのが全部「オー」になって、さらに「ウー」になった。でも、古典式だと「オウ」とはよまないで「ウー」ってよむ。こういうふうにちょっとちがってるのは、ひとつには、ει が「イー」になったのと、ου が「ウー」になったのとじゃ時期がちがうからだ。

εἶ とか ξεῖ っていう名まえはもとから「エー」「クセー」で、「エイ」「クセイ」っていってた時期があるわけじゃない。それとおんなじように οὖ も最初っから「オー」で、「オウ」っていってたことがあるわけじゃない。それを「エイ」とか「クセイ」ってかいてるのは、ここでおしえてるよくある古典式の発音にあわせてるんだろうけど、「オウ」のほうはそうじゃないわけだ。「オー」だとカタカナがきとしては とおんなじになっちゃうから、「エイ」にあわせてつづり字よみの「オウ」にしたのかな。

それにしても、この本もメインの一覧表にはビザンチン時代の名まえをのせてて、古典時代のほうは注にいれちゃってるわけで、中世以来の名まえを古典式でよむことになっちゃってる。でも、古典ギリシャ語の入門書なんだから、上にかいたみたいに これを逆にして、メインの一覧表を古典時代の名まえにすれば、おかしいことはなくなる。古典時代の名まえを古典式でよむのはあたりまえだし、ビザンチン時代の名まえについては注で説明すれば、それで、ひろくつかわれてる名まえとの関係もわかる。それに、補足の説明のなかなんだから、中世以来の名まえをムリに古典式でよむ必要もなくなるとおもう。

つぎは、入門書じゃなくて文法書をみてみることにする。まずは『ギリシア語文法 改訂版』(田中美知太郎[たなか みちたろう]・松平千秋[まつだいら ちあき]著、岩波書店)。

ΑαAlphaἄλφα
ΒβBētaβῆτα
ΓγGammaγάμμα
ΔδDeltaδέλτα
ΕεEpsīlonἒ ψιλόν (εἶ)
ΖζZētaζῆτα
ΗηĒtaἦτα
ΘθThētaθῆτα
ΙιIōtaἰῶτα
ΚκKappaκάππα
ΛλLa(m)bdaλά(μ)βδα
ΜμMȳμῦ
ΝνNȳνῦ
Ξξξῖ (ξεῖ)
ΟοOmīcronὂ μικρόν (οὖ)
Πππῖ (πεῖ)
ΡρRhōῥῶ
Σσ, ςSigma
または Sīgma
σίγμα
または σῖγμα
ΤτTauταῦ
ΥυȲpsīlonὖ ψιλόν (ὖ)
ΦφPhīφῖ (φεῖ)
ΧχChīχῖ (χεῖ)
ΨψPsīψῖ (ψεῖ)
ΩωŌmegaὦ μέγα (ὦ)

これもやっぱりビザンチン時代の名まえをメインにして、それを古典式でよんでる。カッコにいれて古典時代の名まえもあげてるけど、注には「括弧内の形は別称または別綴りである」ってかいてあるだけで、それぞれどの時代のものなのかは説明してない。これだとおんなじ時代にどっちもあったみたいだ。まあ、そうともいえるものもあるにはあるけど。

λ の名まえはカッコをつかって La(m)bda、λά(μ)βδα になってるから Labda と Lambda なわけで、Lamda にしてないとこはちゃんとしてる。ただこれも、「括弧内の形は別称または別綴りである」っていう説明にふくまれるんだろうから、どっちがふるいのかはわからない。

もっとくわしい文法書、『ギリシア語文法』(高津春繁[こうづ はるしげ]著、岩波書店)はこうなってる。

Ααἄλφαalpha
Βββῆταbeta
Γγγάμμαgamma
Δδδέλταdelta
Εεεἶ (ἒ ψῑλόν)epsilon
Ζζζῆταzeta
Ηηἦταeta
Θθθῆταtheta
Ιιἰῶταiota
Κκκάππαkappa
Λλλά(μ)βδαla(m)bda
Μμμῦmy
Νννῦny
Ξξξεῖ (ξῖ)xi
Οοοὖ (ὂ μῑκρόν)omicron
Πππεῖ (πῖ)pi
Ρρῥῶrho
Σσ, ςσίγμαsigma
Ττταῦtau
Υυὖ (ὖ ψῑλόν)upsilon
Φφφεῖ (φῖ)phi
Χχχεῖ (χῖ)chi
Ψψψεῖ (ψῖ)psi
Ωωὦ (ὦ μέγα)omega

これはめずらしく古典時代の名まえをメインにしてて、それよりあとの名まえはカッコにはいってる(ローマ字は中世以来の名まえ)。ローマ字のほうには母音をのばす記号はついてないけど、ギリシャ文字のつづりをみると、ἒ ψῑλόν みたいにビザンチン時代の名まえに母音をのばす記号がついてるから、これも中世以来の名まえを古典式によんでるわけだ。

いま日本語でよめる本のなかじゃこれがいちばんくわしい文法書だから、さすがに一覧表のあとにはちゃんとした説明がつづいてる。ただ、la(m)bda についてはこれにも説明がない。

Εἶξεῖοὖπεῖφεῖχεῖψεῖ は古典時代ギリシア名,括弧内のはビザンティン時代の名称である。ει と綴られる音は後に [ī] と発音されるようになったために ξῖπῖφῖχῖψῖ が出来たのであり,また οω とが同音になったために,両者を区別する必要上 ὂ μῑκρόν «短い o» と ὦ μέγα «長い o» なる名称が生れた。更に αιε と,οιυ と同音になったために,これを区別すべく,ἒ ψῑλόν «単なる e»,ὖ ψῑλόν «単なる u» なる名称を用いたのである。

あともうひとつ、古典ギリシャ語じゃなくて、新約聖書のギリシャ語の本をみてみることにする。『新約聖書ギリシア語入門』(神田盾夫[かんだ たてお]著、岩波全書)っていう本なんだけど、これをえらんだのは、これにもちゃんとした説明がのってるからだ。

Ααἄλφα (alpha)
Βββῆτα (bēta)
Γγγάμμα (gamma)
Δδδέλτα (delta)
Εε(εἶ) ἒ ψιλόν (epsīlon)
Ζζζῆτα (zēta)
Ηηἦτα (ēta)
Θθθῆτα (thēta)
Ιιἰῶτα (iōta)
Κκκάππα (kappa)
Λλλά(μ)βδα (la(m)bda)
Μμμῦ (mȳ)
Νννῦ (nȳ)
Ξξ(ξεῖ) ξῖ (xī)
Οο(οὖ, ὄ) ὂ μικρόν (omīcron)
Ππ(πεῖ) πῖ (pī)
Ρρῥῶ (rhō)
Σσ, ςσίγμα (sigma)
Ττταῦ (tau)
Υυ(ὖ) ὖ ψιλόν (ypsīlon)
Φφ(φεῖ) φῖ (phī)
Χχ(χεῖ) χῖ (chī)
Ψψ(ψεῖ) ψῖ (psī)
Ωω(ὦ) ὦ μέγα (ōmega)

この一覧表のあとにある説明はこうなってる。

括弧内の名称(εἶξεῖοὖπεῖφεῖχεῖψεῖ)は古典時代のもの.今日一般に行われているものの中,或るものはビザンツ時代に由来する: ἒ ψιλόνὖ ψιλόνὂ μικρόνὦ μέγα の如し.II-III/A. D. から εαι と,υοι とが同音になったので「単純な ε」等の名称が起ったのである.λλάβδα なる名称が一層古い.

一覧表は古典時代の名まえのほうがカッコにはいってて、「今日一般に行われているもの」がメインにはなってるけど、古典時代のほうがさきになってる。これにはただ中世以来の名まえをメインにしてるだけじゃない配慮を感じる。そのことはちゃんとした説明をくわえてることからもわかる。ただし、ローマ字をみると、発音はビザンチン時代の名まえもふくめて全部古典式だ(ただし ὖ ψιλόνȳpsīlon じゃなくて ypsīlon になってる)。これは新約聖書のギリシャ語の本だけど、発音は古典式にしてるから、それにあわせることになったんだろう。

ここには「λλάβδα なる名称が一層古い」っていう説明がちゃんとある。それから、ο の古典時代の名まえとして οὖ のほかに っていうのがあるけど、これはふるいつづりで、これだけで οὖ とおんなじ「オー」をあらわしてたみたいだ。紀元前403/2年にアテネでイオーニアー式のアルファベットが採用されて、いまつたわってるみたいな古典ギリシャ語のつづりになったんだけど、そのつづりにあわせるんなら οὖ になるわけで、古典時代の名まえとしては οὖ だけでいいんじゃないかとおもう。


まとめ

本にのってるギリシャ文字の一覧をみるのはこれくらいにして、ここまでのことをまとめながら はなしをすすめよう。

日本でみかけるギリシャ文字の名まえには英語よみがまじってる。なかには「ツェータ」っていうドイツ語よみとか、なに語よみともいえないようなのもあるけど、それもふくめて、そういうのがまじってるのは、数学とか自然科学でギリシャ文字を記号としてつかってて、そのよみかたに英語よみがおおいからだ。

そういうもの以外はギリシャ語よみっていえるけど、これはとりあえず古典ギリシャ語をもとにしてる。ただし、実際には中世以来の名まえがつかわれてて、それをだいたい古典式によんでる感じになってる。そうなってるのは、ギリシャ文字の名まえっていうと中世以来のものが欧米でひろまってて、それが日本にもはいってきたからだろう。古典ギリシャ語の本でもほとんどがこの中世以来の名まえをあげてる。

欧米に中世以来の名まえがひろまってる理由としてはこんなことがかんがえられる。中世の西ヨーロッパでいったんギリシャ語の知識がうしなわれた。そのあと、ビザンチン帝国がほろびたためにビザンチンの学者が西ヨーロッパにやってきて、そのひとたちがギリシャ語をおしえるようになった。この教師たちはその当時の発音でギリシャ語をおしえたし、アルファベットの名まえもそのときつかわれてたものをおしえたんだろう。だから、古典時代の名まえじゃなくってビザンチン時代以来の名まえがひろまったってことらしい。

この名まえが古典ギリシャ語の本でいまでもおしえられてることからすると、西洋で古典式発音がつかわれるようになっても、ギリシャ文字の名まえのほうは発音とちがってむかしのものをつかうようにはならなかったわけだ。ビザンチン時代の名まえが、ギリシャ語の分野だけにとどまらないで、ひろくつかわれるようになってたからなのかな。もちろん、古典ギリシャ語以外の外国語のなかでつかわれる名まえとしては、ビザンチン時代の名まえだってべつにいいんだけど、古典ギリシャ語としてはちょっと問題がある。中世にできた名まえを古代の発音でよむことになっちゃうからだ。

古典ギリシャ語の本なら、日本語とか英語とかでよくつかわれてる名まえのことは気にしないで、ちゃんと古典時代の名まえをおしえたほうがいいとおもう。そうすればいろんな問題もなくなる。でも、日本語のなかでつかわれる名まえってことになると、べつに古典時代の名まえじゃなきゃいけないってことはないわけで、もとになるのは中世以来の名まえでもべつにかまわないだろう。

問題はそのよみかたで、英語じゃないものを英語よみするのはどうかとおもうから、英語よみはつかいたくない。もちろんそんなこといったって、自然科学のほうで英語よみはつかわれつづけるだろう。それでも、そういう英語よみにあわせなきゃいけないわけでもないとおもう。だから、英語よみについてはほうっておくことにする。

中世以来の名まえっていっても、起源としてはだいたい3つにわけられる。古典時代からの名まえと、それからすこしたったころにできたつづりと、ビザンチン時代にできた名まえの3つだ。これをどうよむかってことだけど、中世以来ってことは、中世かそれよりあとの発音なら一貫したよみかたで全部をあつかえることになる。そうはいっても、ひと口に中世っていったって、けっこうながい期間だし、こまかい発音までわかってないとこもある。そうなると現代語の発音でよむのがいちばん簡単だし、古典ギリシャ語も現代語の発音で、なんていってるひとにとっては当然そういうことになるだろう。

でも、日本語のなかでつかわれるギリシャ文字の名まえが、とくに古典時代のものじゃなきゃいけないってことはないのとおんなじように、現代の名まえじゃなきゃいけないわけでもないとおもう。日本でも欧米でも記号とかでギリシャ文字がつかわれてるのは、古代以来のものがあったからこそのことだし、現代語式のよみかたにしたら、日本語として定着してるっていえるような名まえもかえなきゃいけなくなる。

けっきょく、いまつかわれてるものをひとつひとつ検討して、とくに問題がないのをのこしてくってやりかたがいいとこなんじゃないかとおもう。ギリシャ語のよみかたとしては時代がちがうものがごちゃまぜになっちゃうけど、それはしょうがない。

そこで最後にその作業をしてみることにしよう。

英語よみははずすとして、ギリシャ語よみってことになってる名まえを、古典ギリシャ語の本以外で、ここまでにみてきたもののなかからあつめてみることにする。まずは、古典時代からつづりがかわってない名まえから(かわってないっていっても現代語だと記号とかがなくなったりしてるけど)。よみかたがふたつあるものは、古典式発音のものをとりあえずさきにした。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ  セータ
Ιιイオータ  イオタ
Κκカッパ
Μμミュー
Ννニュー
Ρρロー
Σσ, ςシーグマ  シグマ
Ττタウ

α はほとんどが「アルファ」で、ギリシャ語よみってことになってた。実際には、古典式発音のひとつでも現代ギリシャ語でも英語でも「アルファ」だから、そのどれともいえる。それに『天文年鑑』だと「アルファ」は英語よみにはいってたけど、とりあえずギリシャ語よみってことでいいだろう。

『天文年鑑』はギリシャ語よみとして古典時代の発音の「アルプ」をあげてた。これをカタカナがきとしてつかえるかきかたにすれば「アルパ」になる。古典式には ἄλφα (alpha)の φ (ph)を古典時代の発音どおりに /pʰ/ ってよむのと、そうじゃなくって /f/ ってよむのがあって、それによって「アルパ」だったり「アルファ」だったりする。このうちのどっちがいいかってことになると、まず、上にかいたみたいに、どうしても古典時代の発音をもとにしなきゃいけないってことはない。それから、「アルファ」っていうのはこれで日本語になってるっていえるし、「プラス・アルファ」なんていう日本語独自のいいかたまでできてる。だから α は「アルファ」がいいだろう。

「ベータ」「ガンマ」「デルタ」「ゼータ」「エータ」「カッパ」「ミュー」「ニュー」「ロー」「タウ」もこのまんまでいい。「ゼータ」は古典時代の発音だと「ズデータ」になるけど、ここまでにみてきた本にはそういうのはなかったし、これだってどうしても古典時代の発音じゃなきゃいけないってことはない。

θ は「テータ」と「セータ」のふたつがあって、どっちも古典式だ。古典式には θ (th)を古典時代の発音どおりに /tʰ/ ってよむのと、そうじゃなくって /θ/ ってよむのがあるから、それによって「テータ」だったり「セータ」だったりする。「セータ」がでてくるのは『藤井旭の天文年鑑』だけだから、単純に多数決でいって「テータ」のほうがいいってことになるとおもうけど、「アルファ」で φ を古典時代の発音じゃないほうでよんどきながら θ は古典時代のほうなのか、ってはなしになるかもしれない。

欧米の伝統的な古典式にはこまかいとこでいろいろちがいがある。英語圏だと φθ を /f/ /θ/ ってよむけど、ドイツ語圏だと /f/ /t/ だったりする。だから、カタカナにするうえで、φ を /f/ としてよむからって、θ を /θ/ にしなきゃいけないってことはないだろう。古代ギリシャの名まえのカタカナがきでも、φ は /f/ のつもりでカタカナにして、θ は /tʰ/ としてカタカナにするっていうやりかたもある。ここでもそういう感じだってかんがえてもいい。だから θ は「テータ」でいいとおもう。

ι には「イオータ」と「イオタ」がある。古代ギリシャの名まえのカタカナがきで ながい母音を無視することがあるから、「イオタ」もそれとおんなじか、iota のローマ字よみだろうって上にかいた。でも、「ベータ」とか「エータ」とかはちゃんともとのとおり母音をのばしてるんだから、ι だって もとのとおり のばせばいいとおもう。だから ι は「イオータ」がいいだろう。

σ も母音をのばすか のばさないかで「シーグマ」と「シグマ」のふたつがある。ただこれは「イオータ」とははなしがちがう。「イオータ」はもともとギリシャ語で「オー」がながいんだけど、σ はギリシャ語としてどっちもある。で、結論からいうと「シグマ」でいいとおもう。どっちもあるんだからどっちでもいいわけで、日本語としては「シグマ」のほうがつかわれてるとおもうから、それでいいだろう。

つぎは、古典時代がおわるころから発音がかわってきて、それにあわせてそのうちつづりもかわったもので、ぜんぶ ει でおわってた名まえだ。このつづりは古典時代には[eː]って発音だったけど、そのあと[iː]になったから、つづりも ι にかわった。これもビザンチン時代の名まえっていえるのかもしれないけど、このつづりがつかわれるようになったのは、このあとあつかう4つのながい名まえができたのよりまえのことだから、そのビザンチン時代にできた名まえとはべつにしとく。

Ξξクシー
Ππピー
Φφピー  フィー
Χχキー
Ψψプシー

「クシー」「ピー(π)」「キー」「プシー」についてはこのとおりでいい。

φ には「ピー」と「フィー」があるけど、これは「フィー」のほうがいいとおもう。α のとこで説明したみたいに φ の発音にはふたつある。「アルパ」じゃなくて「アルファ」がいいってかんがえたわけだから、ここでもそれにあわせて「フィー」がいいってことになるだろう。それにこれを「フィー」にすれば、π の「ピー」とカタカナがきでも区別ができる。

つぎは、ビザンチン時代にできた名まえで、これには4つある。

Εεエプシーロン  エプシロン
Οοオミークロン  オミクロン
Υυユープシーロン  ユプシロン
Ωωオーメガ  オメガ

これについてはもう上にもかいたけど、「エプシーロン」「オミークロン」「ユープシーロン」「オーメガ」っていうのは古典時代になかった名まえを古典式によんでるのがおかしいわけで、母音をのばさない「エプシロン」「オミクロン」「ユプシロン」「オメガ」のほうがいい。

これで、あとひとつ λ がのこった。古典ギリシャ語の本以外はどの本でも「ラムダ」で、ギリシャ語よみってことになってた。でも実際は英語よみで、このことはなん度もかいた。そういうことだから、ほかの英語よみをはずしたみたいに、これもつかわないとすると、古典ギリシャ語の本以外じゃほかに候補がなくなる。実際のギリシャ語の名まえはふるくは「ラブダ」で、そのうち「ランブダ」になった。そうすると、このどっちかがいいってことになるのかもしれない。

でも、この名まえにしても、古典時代の「ラブダ」じゃなきゃいけないってことはない。そうなると、中世以来の名まえとしては「ランブダ」だし、英語とかのつづりもそうなってるから、こっちがいいのかもしれないけど、けっこうつかわれてる「ラムダ」をわざわざかえなきゃいけないもんかどうか、ちょっとかんがえものだ。

英語の lambda はもともと b を発音してたんだろう。でも、英語は bd みたいに閉鎖音がつづくばあいはひとつめの閉鎖音を発音するにしても破裂させない。つまり息をださないでのみこんじゃう。で、まえに m があることもあって、破裂させないだけじゃなくてとうとう発音しなくなった。ギリシャ語の名まえは、ある時期にできた「ランブダ」から現代語の「ラムザ」にかわったんだけど(むかしのかたちを復元したような文語的な「ランヴザ」っていうのもあることはある)、これも英語とにたようなことなのかもしれない。

ギリシャ語でも無気音の閉鎖音がつづくときはひとつめの破裂はなかっただろう。とくに無声の閉鎖音のばあい、ひとつめに破裂があったら、そこで息がでることになって有気音とおんなじになっちゃうから、それがいえるとおもう。ここは有声の閉鎖音だけど無気音ってことにはかわりないから、おんなじことだとして、さらに、そのまえに「ン(m)」があることで、けっきょくここでも「ブ」がなくなっちゃったんだろう。ἕβδομος [hébdomos ヘブドモス](7番め)っていう単語は現代語で έβδομος [ˈɛɔmɔs エヴゾモス]になってて、このばあいの「ブ」はきえてないから(発音は「ヴ」にかわったけど)、「ランブダ」の「ブ」がなくなったのはまえに m があるからだとおもう。破裂がない発音だったから m にのみこまれちゃったんだろう。

こういうふうに「ブ」に破裂がなかったとすると、「ランブダ」だったころの発音も実際は「ラムダ」にちかい発音だったんじゃないのかな。それから、現代語の「ラムザ」にしても、この「ザ」は英語の the の子音とおんなじ[ð]で、現代ギリシャ語の本でこれをダ行であらわしてるのもあるから、そのやりかただと「ラムダ」になる。こういうことからすると「ラムダ」っていうのもわるくはないだろう。

ってことで、「ラムダ」については、いいわけめいたことをかいたうえで、「ラムダ」でいいってことにしておこう。

以上をまとめるとこうなる。

Ααアルファ
Ββベータ
Γγガンマ
Δδデルタ
Εεエプシロン
Ζζゼータ
Ηηエータ
Θθテータ
Ιιイオータ
Κκカッパ
Λλラムダ
Μμミュー
Ννニュー
Ξξクシー
Οοオミクロン
Ππピー
Ρρロー
Σσ, ςシグマ
Ττタウ
Υυユプシロン
Φφフィー
Χχキー
Ψψプシー
Ωωオメガ

けっきょく『広辞苑』にのってる一覧表からカッコに はいってる英語よみをなくしたのとおんなじことになった。とくにあたらしい名まえを提案するんじゃなくて、いちおう英語よみをはずしたうえで、いまつかわれてるものからえらびだしたんだから、こういう結論になるのはあたりまえのことかもしれない。

ただし、この結論にはちょっとした問題がなくもない。π の名まえが「ピー」だと、英語の p とおんなじになる。ギリシャ文字だけのことをかんがえるんなら、それでもいいんだけど、「ピー」っていわれたら、だれでも英語の p だっておもうだろうから、いちいちギリシャ文字の「ピー」っていわなきゃいけない。この点がちょっと気になる。

英語の p とはちがうようにするとすれば、英語よみの「パイ」か、古典時代の πεῖ をつかうしかない。実際によくつかわれてる「パイ」にするっていう手もたしかにあるだろう。でも、英語よみはのぞくっていう方針からすれば、古典時代の名まえってことになる。ただし、そのばあいでも発音が問題で、「ペー」と「ペイ」のどっちがいいのかっていうと、「ペー」だとラテン語とかドイツ語の p とおんなじになる。っていっても、ラテン文字の p はたいてい英語の名まえでよばれてるから、こんなことは問題にしなくてもいいかもしれない。でも、とりあえず、ほかとなるべく区別がつくようにってことからすれば、つづり字発音の「ペイ」はわるくないだろう。

そうすると、おんなじ -εῖ でおわってる ξεῖφεῖχεῖψεῖ もこれにあわせたほうがいいともいえるけど、そうすると χεῖ は「ケイ」になって、英語の k とおんなじになる。っていっても、英語の k は「ケー」だってはなしになるかもしれないけど、「ケイ」っていわれることもある。だから、どうしても「ペイ」にあわせなきゃいけないってこともないだろう。ほかのはあわせてもいいんだけど、あわせなくてもいい。

ってことで、第2案として、π だけ例外的に「ペイ」にするっていうのがかんがえられるとおもう。さらに、第3案として、実際によくつかわれてる「パイ」にするっていうのもかんがえられなくもない。

名まえ:名前、なまえ。 イオーニアー:イオニア。

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2009.07.23 kakikomi; 2012.07.09 kakinaosi

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