« 『改訂版 羅和辞典』のラテン語の母音のながさ | トップページ | Grassmann の法則 »

サンスクリット“語”、エスペラント“語”

自分では「サンスクリット語」「エスペラント語」っていうし、そう かくことにしてるけど、「サンスクリット」「エスペラント」っていうのもよくみかける。なんでそうなのかっていうと、そういうふうに かいてるひとに きいたわけじゃないから勝手な推測だけど、「語」をつけなくても それだけで言語の名まえだからってことなんだろう。

そうだとすると、「サンスクリット語」「エスペラント語」っていったら「Mt. Fujisan」みたいなことになっちゃうともいえるけど、「サンスクリット」「エスペラント」そのものには日本語として言語の名まえをあらわすものはなんにもないんだから、そういう問題じゃないとおもう。もともと言語の名まえだとしても、日本語のなかだけでかんがえれば「サンスクリット語」「エスペラント語」っていうのは二重のいいかたにはなってない。

だいたい、「語」がついてたら、サンスクリット語とかエスペラント語のことをぜんぜんしらないひとでも、言語の名まえだってことだけはわかるから、そのほうがいいとおもうんだけど。それに、「語」でおわってれば、「ドイツ語」とか「フランス語」っていうのとおんなじいいかたになって、ほかのことばとのつりあいもとれるし。

それとも、サンスクリット語はインド人がいうみたいに完成されたことばで、ほかとはちがうんだ、とか、エスペラント語はちゃんと計画されたことばで、乱雑な自然言語とはちがうんだ、とか いうつもりで、ほかとははっきり区別したいのかな。

2009.09.18 kakikomi

|

« 『改訂版 羅和辞典』のラテン語の母音のながさ | トップページ | Grassmann の法則 »