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『改訂版 羅和辞典』のラテン語の母音のながさ

ラテン語のつづりは母音のながさのちがいをあらわさない。だから、つづりだけからじゃ母音のながさはわかんないんだけど、それでも、母音のながさの手がかりになることがいくつかある。そのひとつとして、nf と ns のまえの母音はながい、っていうのがある。

もともとこの母音はながくなかった。でも、n が摩擦音の f、s のまえにあるもんだから、n がなくなって、そのかわり、そのまえの母音がながい鼻母音になったんだけど、そのうち鼻母音じゃなくなって、ただのながい母音になった。だから、たとえば consul (執政官)だったら、古典時代のはなしことばの発音は cōsul [コースル]で、かきことばのほうはもともとあった n を復活させたから cōnsul [コーンスル]になった。

ほかにも例をあげると、īnfāns [イーンファーンス](こども)、fōns [フォーンス](いずみ)、mēnsa [メーンサ](テーブル)なんていうのがあるけど、こういう nf と ns のまえの母音をながくしてない本もある。最近あたらしくなった『改訂版 羅和辞典』(水谷智洋[みずたに ともひろ]、研究社)とか、『独習者のための 楽しく学ぶラテン語』(小林標[こばやし こずえ]、大学書林)、『はじめてのラテン語』(大西英文[おおにし ひでふみ]、講談社)なんかがそうだ。

こういうばあいの母音がながいっていうのは、うえにかいたみたいに歴史的な理由があっていわれてることなんだけど、多少疑問がないわけでもないような気がする。もともと n がきえちゃったから そのかわりに母音がながくなったわけで、n が復活したら母音はながくなくてもいいだろう。

『改訂版 羅和辞典』の凡例には母音のながさについてこういう説明がある。

母音の上に付された ¯ は,その母音が長いことを示す長音記号である.本辞典では,その見出し語が音量詩 quantitative verse (音節の長短に基づいて作られる古典詩)に現われたとき,そうすることによりその母音を含む音節が長いと判定しうる場合に限って,その母音に ¯ を付した.これは Oxford Latin Dictionary の方針に倣うものであるが,ただし,これには若干の例外を認めた.

これをよんで、ああ、なるほど、だから nf と ns のまえの母音はながくしてないんだ、っておもったけど、あらためてよくよんでみると、なんかちがう。韻律から「その母音を含む音節が長いと判定しうる場合に限って,その母音に ¯ を付した」っていうんだけど、これがよくわかんない。たとえば consul だったら、1音節めは母音のあとに子音がふたつ つづいてるから、この音節はながい。でも、この辞書で o には のばす記号がついてない。母音のあとに子音がふたつ以上つづいてるほかの単語でも、ほとんどのばす記号はついてない。これじゃ凡例の説明とは逆だ。

凡例の文章を「その音節に含まれる母音が長いと判定しうる場合に限って」ってなおせば、いちおう意味がわかるようになる。辞書のなかみからすると、母音がながいってことが韻律からわかるばあいだけ のばす記号をつける、逆にいえば、複数の子音がつづいてる母音にはのばす記号はつけない、ってことをいいたかったんじゃないのかな。

母音のあとに子音がふたつ以上つづいてるときは、韻律のうえでながい単位のあつかいになる。でも、そうなるのは子音がつづいてるぶん発音がながくなるからで、母音そのものがながいかどうかは韻律からはなんともいえない。だから、「その見出し語が音量詩 quantitative verse (音節の長短に基づいて作られる古典詩)に現われたとき」だけを手がかりにするとなると、こういうばあいの母音のながさはきめられない。そこをわりきって、一律に母音をのばさないことにしたのがこの辞書とか “Oxford Latin Dictionary” の方針なんだろう。ながいかどうかわかんないものをみじかいほうに統一しちゃうっていうのはどうなんだっておもうかもしれないけど、母音がながくてもみじかくても音節がながいことにかわりはないから、母音をのばさなくても実用的には問題ない。アクセントの位置にしても韻律にしても問題はおこらない。

それにしても、『楽しく学ぶラテン語』と『はじめてのラテン語』にくらべて『改訂版 羅和辞典』はこの方針を徹底させてる。たとえば、『楽しく学ぶラテン語』で cognōscō [コク゚ノースコー](しる、みとめる)、fēlīx [フェーリークス](しあわせな)、frūctus [フルークトゥス](果実)、jūstus [ユーストゥス](ただしい)、lūx [ルークス](ひかり)、nāscor [ナースコル](うまれる)、rēx [レークス](王)、vōx [ウォークス](声)になってるのが、『改訂版 羅和辞典』だと cognoscō [コク゚ノスコー]、fēlix[フェーリクス]、fructus [フルクトゥス]、justus [ユストゥス]、lux [ルクス]、nascor [ナスコル]、rex [レクス]、vox [ウォクス]になってる。

ただし、この辞書でも、子音がふたつ つづいてるのに母音をのばしてるばあいがある。それはその子音が「閉鎖音または f + 流音の結合」のばあいで(これは「1子音と数える」って説明してる)、Āfrica [アーフリカ](アフリカ)、pūblicus [プーブリクス](おおやけの、人民の)、sēcrētus [セークレートゥス](へだてられた、秘密の)なんていうのがある。

“Oxford Latin Dictionary” (OLD)がこういう方針だとすると、“Oxford English Dictionary” (OED)はどうなんだろうっておもって、ちょっとみてみたら、OED の語源欄にでてくるラテン語の母音は OLD とおんなじやりかただった。おんなじ Oxford だもんね(…ってことなのかな)。

たしかに、こういうふうにすれば、とくに問題はないうえに、はなしはかんたんになる。でも、韻律以外の根拠から はっきり母音がながいってわかってるようなものまで こういうあつかいにするのはどうなのかなあ。もともとながい母音でも子音がふたつ以上つづくとみじかくなるっていう法則でもあるんならべつだけど。

ところで、ラテン語の母音のながさっていえば、カタカナがきするとき なぜか ながい母音を無視するっていうやりかたがある(ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい」)。『改訂版 羅和辞典』はどうかっていうと、そんなことはしてない。固有名詞には翻訳語つまりカタカナがきをのせてない辞書があって(『羅和辞典』もこの改訂版よりまえはそうだった)、そういうのはカタカナがきの問題をさけてるんだとおもうんだけど、この辞書の「改訂版まえがき」には「固有名詞に片仮名表記を付した」ってわざわざ説明してて、「慣用的な読み方」と「ギリシア語読み」があるばあいにはそれものせてる。

たとえば Pompēius のとこをみると「ポンペイユス,"ポンペイウス」ってかいてあって(ēiu の発音は[エーイウ]じゃなくて[エイユ])、「"」がついてるほうが「慣用的な読み方」だ。でも Jūlius をみると「ユーリウス」とだけかいてあって(この氏族名についての説明があるけど)、「慣用的な読み方」はのってない。つまり、ながい母音を無視した「ユリウス」っていうのは「慣用的な読み方」としてものせてない。

ながい母音は「ギリシア語読み」でも無視してない。たとえば Ājax のとこをみると「アイヤクス,*アイアース」ってなってて(āja の発音は[アーヤ]じゃなくて[アイヤ])、「*」がついてるのが「ギリシア語読み」だ。ラテン語で Ājax っていってる名まえはギリシャ語だと Αἴας [アイアース]だから、そのとおりになってる。「アイアス」とはしてない。

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 ・ギリシャ語・ラテン語のながい母音のあつかい

2009.09.17 kakikomi; 2010.08.14 kakitasi

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