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治療の神にお礼の奉納

ΑϹΚΛΗ
ΠΙΩ
ΚΑΙ
ΫΓΕΙΑ
ΤΥΧΗ
ΕΥΧΑΡΙϹ
ΤΗΡΙΟΝ

これはギリシャのミロス島(古代ギリシャ語だとメーロス)でみつかった大理石のうきぼり彫刻で、左足の横にはギリシャ語がきざまれてる。紀元後100年から200年ごろのものらしい。いまは大英博物館にある。

ミロス島はミロのビーナスで有名だけど(ミロはミロス島のこと)、この彫刻はビーナスつまりアプロディーテーとは関係なくて、治療の神アスクレーピオスと健康の女神ヒュギエイアにささげられたものだ。

左足がなおったお礼なんだろうけど、こういうふうに なおったとこをなにかでつくって奉納するっていうのは、日本でもやってることだし、いまのギリシャでも銀細工をつくって教会とかお堂におさめたりしてる。

きざまれてるギリシャ語は、

ΑΣΚΛΗΠΙΩ ΚΑΙ ΫΓΕΙΑ ΤΥΧΗ ΕΥΧΑΡΙΣΤΗΡΙΟΝ

っていうもので、これをかきなおせば、

Ἀσκληπιῶ καὶ Ὑγεία Τύχη εὐχαριστήριον.

になるけど、ここには古典時代からなん百年かたったころの特徴があらわれてる。これを 標準的な 古典ギリシャ語になおせばこうなる。

ΑΣΚΛΗΠΙΩΙ ΚΑΙ ΥΓΙΕΙΑΙ ΤΥΧΗ ΕΥΧΑΡΙΣΤΗΡΙΟΝ

Ἀσκληπιῶι (Ἀσκληπιῷ) καὶ Ὑγιείαι (Ὑγιείᾳ) Τύχη εὐχαριστήριον.

[asklɛːpiɔ̂ːi kǎi hyɡiěːaːi týkʰɛː eukʰaristɛ̌ːrion]

アスクレーピオスとヒュギエイアにテュケーが感謝のささげものを(おそなえしました)。

この文章は ἀνέθηκεν [anétʰɛːken]っていう動詞が省略されてるから、翻訳にはカッコにいれてそれをおぎなった。

ヒュギエイア(Ὑγίεια [hyɡíeːa])は、この名前そのものが「健康」っていうことばで、古典時代の発音としては、ει は[eː]だったから、「ヒュギエーア」っていうほうがちかいんだけど、ει のカタカナがきには つづりをうつした「エイ」がつかわれる。これを「エー」にすると、ηɛː]の「エー」と区別がつけられなくなるから、これはこれでわるくはないだろう。

ει の発音はもともと口のひらきがせまい「エー」で、そのうち さらにせまくなって「イー」になった(ギリシャ語の文字と発音:ΕΙ ει」)。だから、この名前の発音もそのころには[hyɡíiːa ヒュギイーア]にかわって、そうなると「イイー」っていうふうにおんなじ母音がつづくもんだから、これがひとつになって[hyɡîːa ヒュギーア]になった。そこで、つづりも紀元前2世紀ごろからは ΥΓΕΙΑ ってかかれるようになる(小文字と記号をつかえば Ὑγεῖα)。

これとはべつに、Ἀσκληπιῶι (アスクレーピオスに)、Ὑγιείαι (ヒュギエイアに)っていう与格の語尾にある最後の ι が発音されなくなって、そうなると当然つづりとしてもかかれなくなる(ギリシャ語の文字と発音:下がきのイオータ」)。それで、この写真にあるようなつづりになった。

そういえば、テュケーっていう運命の女神がいるけど、ここにでてくるテュケーはもちろん女神じゃなくて、これを奉納した女のひとの名前だろう。

メーロス:メロス。 ビーナス:ヴィーナス。 アプロディーテー:アフロディーテー、アプロディテ、アフロディテ。 アスクレーピオス:アスクレピオス。

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2010.02.01 kakikomi; 2016.03.28 kakinaosi

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