« 治療の神にお礼の奉納 | トップページ | 室生寺は「ムロージ」 »

シェークスピア、46、欽定訳

1611年に刊行された欽定訳聖書(Authorized Version/King James Version)にシェークスピア(1564-1616)がかかわってたっていうはなしがある。

いろんな本にでてくるけど、たとえばマーティン・ガードナーの『メイトリックス博士の驚異の数秘術』(マルティン・ガードナー、紀伊國屋書店)にはこうかいてある(どうでもいいことだけど、この部分でとじる引用符がひとつかけてるとこがある)。

 (…)たぶん君はシェークスピアがひそかにジェームズ王の欽定訳聖書の一部を担当したという説をきいたことがあるだろう?
 私は頭を振った.
 数秘学者にとっては,その説に疑いの余地はない.詩篇第46編をひもとけば,その46番目の語が SHAKE であることがわかる.同じ詩篇の終りから46番目の語を数えると〔ガードナー注:ただし末尾の SELAH というのは詩篇編の一部ではない〕その語は SPEAR だ.
 どうして46なのです?と私は笑ってきいた.
 それはとメイトリックス博士はいった.ジェームズ王欽定訳が1610年に完成したとき、シェークスピアがちょうど46歳だったからだ.

欽定訳が刊行されたのは1611年なんだけど、この1610年っていうのは翻訳の作業がおわった年なのかな。まあ、とりあえずそれはいいとして、ここにかいてあるとおりだとすると、SHAKE と SPEAR をあわせても Shakespear になって、シェークスピアの一般的なつづり Shakespeare とはちょっとちがう。でも、むかしはつづりがそれほどきまってなくて、シェークスピアにしても Shakespear とも Shakespere とも Shakspere とも Shakspeare ともかいたから、これでもおかしくはない。

そこで、とにかく実際に欽定訳をみてみることにするけど、欽定訳の英語の注意点としては、動詞の3人称・単数・現在の語尾は -(e)s じゃなくて -(e)th で、has は hath。2人称・単数・現在の語尾として -(e)st があって、単数の you are は thou art になる。

いまみかける欽定訳の『詩編』第46編はこうなってる。

 1 God is our refuge and strength, a very present help in trouble.
 2 Therefore will not we fear, though the earth be removed, and though the mountains be carried into the midst of the sea;
 3 Though the waters thereof roar and be troubled, though the mountains shake with the swelling thereof. Selah.
 4 There is a river, the streams whereof shall make glad the city of God, the holy place of the tabernacles of the most High.
 5 God is in the midst of her; she shall not be moved: God shall help her, and that right early.
 6 The heathen raged, the kingdoms were moved: he uttered his voice, the earth melted.
 7 The LORD of hosts is with us; the God of Jacob is our refuge. Selah.
 8 Come, behold the works of the LORD, what desolations he hath made in the earth.
 9 He maketh wars to cease unto the end of the earth; he breaketh the bow, and cutteth the spear in sunder; he burneth the chariot in the fire.
 10 Be still, and know that I am God: I will be exalted among the heathen, I will be exalted in the earth.
 11 The LORD of hosts is with us; the God of Jacob is our refuge. Selah.

詩の本文のまえには和歌の「ことばがき」みたいな説明文があるんだけど、それはここでは関係ないから はぶいた。節のかぞえかたは「ことばがき」をぬかして詩の本文からになってる。

それから、ガードナーの注にあるとおり、Selah も本文とはちがうから これは無視して、最後から46番めっていうのは refuge からかぞえる。この Selah はヘブライ語の סלה selâ [セラー]で、意味不明のことばなんだけど、なんかのくぎりをあらわしてるとか、うたうときの指示だろうとかいわれてる。日本語訳でもそのまんま「セラ」になってて、本文からは はなして印刷してある。

で、最初と最後からそれぞれ46番めの単語をみてみると、たしかに shake と spear だ。でも、欽定訳は版をかさねるたびにつづりをなおしてるし、よくみかける欽定訳聖書はいまのつづりになってるから、初版の本文をしらべてみると、

PSAL. XLVI. っていうタイトルの下にはまず内容を要約した文章があって、そのあと「ことばがき」がつづいてる。さらにその下のおおきなかざり文字ではじまってるのが詩の本文で、大部分はゴシック体で印刷してある。ちいさいローマン体になってるのは原文にはなくて翻訳でおぎなったことばで、最初の要約も原文にはないものだからローマン体だ。このまんまだとよみにくいとおもうから、ゴシック体のとこは太字にして(かざり文字はローマン体だけど、これも太字にする)、つづりはそのまんまで、単語のおわり以外でつかわれる ſ のかたちの ながい s ものこすことにして、詩の本文のとこをかきだしてみよう。

G O D is our refuge and ſtrength: a very preſent helpe in trouble.
 2 Therfore will not we feare, though the earth be remoued: and though the mountaines be caried into the midſt of the ſea.
 3 Though the waters thereof roare, and be troubled, though the mountaines ſhake with the ſwelling thereof. Selah.
 4 There is a riuer, the ſtreames wherof ſhall make glad the citie of God: the holy place of the Tabernacles of the moſt High.
 5 God is in the midſt of her: ſhe ſhal not be moued; God ſhall helpe her, and that right early.
 6 The heathen raged, the kingdomes were mooued: he vttered his voyce, the earth melted.
 7 The L O R D of hoſts is with vs; the God of Jacob is our refuge. Selah.
 8 Come, behold the workes of the L O R D, what deſolations hee hath made in the earth.
 9 He maketh warres to ceaſe vnto the end of the earth: hee breaketh the bow, and cutteth the ſpeare in ſunder, he burneth the chariot in the fire.
 10 Be ſtil, and know that I am God: I will bee exalted among the heathen, I will be exalted in the earth.
 11 The L O R D of hoſts is with vs; the God of Jacob is our refuge. Selah.

ところどころいまのつづりとちがってるのがわかるとおもうけど、そのほかに u と v のつかいかたもいまとはちがう。で、うしろから46番めの単語をみると ſpeare (speare) だから、これだと Shakespeare になる。

いちおう日本語訳もあげておこうとおもうけど、日本語訳と欽定訳で解釈がちがうとこがあるから、なかみは完全には一致しない。だから、とりあえず口語訳と新共同訳の両方をあげておくことにする。このふたつは節のかぞえかたがちがってて、口語訳は欽定訳とおんなじだけど、新共同訳は「ことばがき」から第1節ってかぞえるから、たいていのばあい口語訳とは節の数字がひとつずれてる(ちなみに口語訳は「詩篇」、新共同訳は「詩編」)。

口語訳
 1 神はわれらの避け所また力である。/悩める時のいと近き助けである。
 2 このゆえに、たとい地は変り、/山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
 3 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、/そのさわぎによって山は震え動くとも、/われらは恐れない。〔セラ
 4 一つの川がある。/その流れは神の都を喜ばせ、/いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
 5 神がその中におられるので、都はゆるがない。/神は朝はやく、これを助けられる。
 6 もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、/神がその声を出されると地は溶ける。
 7 万軍の主はわれらと共におられる、/ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ
 8 来て、主のみわざを見よ、/主は驚くべきことを地に行われた。
 9 主は地のはてまでも戦いをやめさせ、/弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。
 10 「静まって、わたしこそ神であることを知れ。/わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、/全地にあがめられる」。
 11 万軍の主はわれらと共におられる、/ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ

新共同訳
 2 神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。/苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。
 3 わたしたちは決して恐れない/地が姿を変え/山々が揺らいで海の中に移るとも
 4 海の水が騒ぎ、沸き返り/その高ぶるさまに山々が震えるとも。〔セラ
 5 大河とその流れは、神の都に喜びを与える/いと高き神のいます聖所に。
 6 神はその中にいまし、都は揺らぐことがない。/夜明けとともに、神は助けをお与えになる。
 7 すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ。/神が御声を出されると、地は溶け去る。
 8 万軍の主はわたしたちと共にいます。/ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。〔セラ
 9 主の成し遂げられることを仰ぎ見よう。/主はこの地を圧倒される。
 10 地の果てまで、戦いを断ち/弓を砕き槍を折り、盾を焼き払われる。
 11 「力を捨てよ、知れ/わたしは神。/国々にあがめられ、この地であがめられる。」
 12 万軍の主はわたしたちと共にいます。/ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。〔セラ

ガードナーの本にはこんなこともかいてある。

 (…)シェークスピアが4月23日に生れて4月23日に死に,23を2倍すると,前に聖書での彼の仕事の鍵として注意した数46になるのは偶然の一致だろうか?
 そして23はもっともよく知られた詩篇の数ですと私は加えた.たぶんシェークスピアが訳したものでしょうね.

ここにでてくる日づけはユリウス暦で、いまのグレゴリオ暦とはちがう。それと、うまれた日の記録はなくて、洗礼日の4月26日がわかってるだけだ。うまれて3日以内に洗礼をうける習慣だったこととかから誕生日は23日ってことにされてきた。

せっかくだからこの第23編もみてみることにしよう。

ここも本文のとこだけおんなじようにかきだして、そのあとに いまのつづりになおしてある欽定訳もあげておく。

THe L O R D is my ſhepheard, I ſhall not want.
 2 He maketh me to lie down in greene paſtures: he leadeth mee beſide the ſtill waters.
 3 He reſtoreth my ſoule: he leadeth me in the pathes of righteouſnes, for his names ſake.
 4 Yea though I walke through the valley of the ſhadowe of death, I will feare no euill: for thou art with me, thy rod and thy ſtaffe, they comfort me.
 5 Thou prepareſt a table before me, in the preſence of mine enemies: thou anointeſt my head with oyle, my cuppe runneth ouer.
 6 Surely goodnes and mercie ſhall followe me all the daies of my life: and I will dwell in the houſe of the LORD for euer.

 1 The LORD is my shepherd; I shall not want.
 2 He maketh me to lie down in green pastures: he leadeth me beside the still waters.
 3 He restoreth my soul: he leadeth me in the paths of righteousness for his name's sake.
 4 Yea, though I walk through the valley of the shadow of death, I will fear no evil: for thou art with me; thy rod and thy staff they comfort me.
 5 Thou preparest a table before me in the presence of mine enemies: thou anointest my head with oil; my cup runneth over.
 6 Surely goodness and mercy shall follow me all the days of my life: and I will dwell in the house of the LORD for ever.

こっちも日本語訳は口語訳と新共同訳をあげておこう。

口語訳
 1 主はわたしの牧者であって、/わたしには乏しいことがない。
 2 主はわたしを緑の牧場に伏させ、/いこいのみぎわに伴われる。
 3 主はわたしの魂をいきかえらせ、/み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
 4 たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、/わざわいを恐れません。/あなたがわたしと共におられるからです。/あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
 5 あなたはわたしの敵の前で、わたしの前にえんを設け、/わたしのこうべに油をそそがれる。/わたしのさかずきはあふれます。
 6 わたしの生きているかぎりは/必ず恵みといつくしみとが伴うでしょう。/わたしはとこしえに主の宮に住むでしょう。

新共同訳
 1 (…)/主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
 2 主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い
 3 魂を生き返らせてくださる。/主は御名にふさわしく/わたしを正しい道に導かれる。
 4 死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。/あなたがわたしと共にいてくださる。/あなたの鞭、あなたの杖/それがわたしを力づける。
 5 わたしを苦しめる者を前にしても/あなたはわたしに食卓を整えてくださる。/わたしの頭に香油を注ぎ/わたしのさかずきを溢れさせてくださる。
 6 命のある限り/恵みと慈しみはいつもわたしを追う。/主の家にわたしは帰り/生涯、そこにとどまるであろう。

第23編の「ことばがき」はみじかくて、新共同訳はそれにつづく本文もふくめて第1節にしてるから、口語訳と節の数字がおんなじになってる。

ガードナーの本に第23編は『詩編』のなかでいちばん有名だってかいてあるけど、第46編もやっぱり有名なとこで、《神はわがやぐら》っていう賛美歌のもとになってたりする。このことからすると、有名なとこだからそこシェークスピアとむすびつけられたのかもしれない。となると、このはなしは なんか うたがわしいような。それでも、第46編のことは偶然じゃないのかも。

シェークスピア:シェイクスピア。

関連記事
 ・文語訳聖書と欽定訳聖書のちがい
 ・「主の祈り」(4) 英語
 ・丸いアール、3種類のエス、ドイツ語以外のエスツェット

2010.03.01 kakikomi

|

« 治療の神にお礼の奉納 | トップページ | 室生寺は「ムロージ」 »