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「パンファギア」はいちおうラテン語だけど…

2010年8月9日放送のNHKの「恐竜誕生の謎 幻のファースト・ダイナソーを探せ」っていう番組で、スーパーサウルスのなかま竜脚類のいちばんふるい祖先としてパンファギアっていう恐竜がでてきて、

パンファギアとはラテン語で「なんでも食べる」という意味。雑食性の恐竜をさしています。

っていう説明があったんだけど、この「ラテン語で」っていうのがちょっとひっかかった。

たしかに学名はラテン語だから、パンファギアだってラテン語なんだけど、学名によくあるみたいに、これもギリシャ語をくみあわせてつくったことばで、ラテン語としては外来語みたいなもんだし、ラテン語として意味があるようなことばじゃない。だから、このことばの意味の説明としては、「ラテン語で『なんでも食べる』という意味」っていうのはどうかとおもう。「ギリシャ語で『なんでも食べる』という意味のことばからつくられた」とでもいえばいいんじゃないかな。

ギリシャ語にはもともと παμφάγος [pampʰágos パンパゴス]っていう形容詞があって、「すべてをくらいつくす、雑食の」っていう意味だけど、アリストテレースも動物の分類でこのことばをつかってる。

このことばを分解すると παμ- と -φάγος になって、παμ- は「すべて」、-φάγος は「たべる」っていう意味だ。ただし παμ- [pam]は φ [pʰ]のまえだからこういうかたちになってるだけで、それだけをとりだせば παν- [pan]っていうことになる。

パンファギアのつづりは番組にはでてこなかったんだけど、ちょっとしらべてみると panphagia らしい。これはギリシャ語としてもラテン語としてもちょっとおかしいとおもう。ほんとなら pamphagia になるはずだ。παμφάγος をラテン語のかたちにすると pamphagus になるみたいに、これだって pan- じゃなくて pam- じゃないとヘンだ。

上にかいたみたいに、「すべて」っていう意味のギリシャ語は、あとにつづく子音に同化しなけりゃ pan- だから、この名まえをつけた学者が、それをそのまんまつかっちゃったんだろう。むかしの学者ならたぶんこんなことはなかったんじゃないかとおもうけど、この恐竜のことが発表されたのは2009年で、いまは欧米の学者でも科学者には古典語の知識はあんまりないってことなのかな。まあ、いまどき学名をつけるのに、そんなに厳密にギリシャ語・ラテン語の規則をまもってやってるわけじゃないってことなのかもしれないけど。

ちなみに、「なんでもたべる、雑食の」っていうのはラテン語で omnivorus [オムニウォルス]っていって、これが英語の omnivorous のもとになった。

[つけたし]
あるひとのはてなブックマークに、この記事についてこうかいてあった。

最後の段落に誤記あり。英語の「omnivorous」英語の「omnivore」。「日本語では○○と言います」と言って漢字(音読み)を言われる違和感に近い。「いや、それ中国語(漢語)だからw」てよく思う。

たしかに omnivore っていう英語もあるから、それもかいておけばよかったんだろう。でも、omnivorous だってちゃんとした英語で、英語としては omnivore より200年ぐらいふるい。「『日本語では○○と言います』と言って漢字(音読み)を言われる違和感に近い」ってかいてあることからすると、ラテン語の omnivorus と英語の omnivorous の語尾のちがいをみすごしてるんじゃないかな(本文で語尾がちがってることをかいときゃよかったんだろうけど)。omnivorous はラテン語を英語よみしただけのことばじゃなくて、ちゃんと英語の語尾になってる。omnivore とのちがいといえば、omnivorous のほうがふるいしラテン語のかたちにもちかいから、かたいことばで、学術用語でもある。

ブックマークにくわえていただいたのは大変ありがたいけど、omnivorous は「『日本語では○○と言います』と言って漢字(音読み)を言われる」ようなラテン語を英語よみしただけのことばとはちがうとおもうし、語尾がちがうだけで結局はラテン語だってことだとしたら、omnivore だって語尾がとれただけのラテン語だろう。

アリストテレース:アリストテレス。

2010.08.10 kakikomi; 2010.08.12 kakitasi

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コメント

はじめまして、はてなでid:OTF と名乗っているものです。いつもたのしくよませていただいてます。
ブックマークコメント(以下ブコメ)への反応ありがとうございます。学識ふかい方にケチをつけると、こういうはずかしめにあうんだなぁと反省しきりです。とはいえ、まあ勉強になったなと、前向きにとらえておりますが。
ただ、一点誤解されている件をもうしますとブコメの「/」以後にかいた「『日本語では○○と言います』と言って漢字(音読み)を言われる違和感に近い」というのは、「「パンファギア」はいちおうラテン語だけど…」という本記事の主題にかかわる感想のつもりでした。「日本語では○○とかきます」といいながら、漢字のなりたちを説明されるときにいだく違和感にちかいなぁとおもったわけです(適切な例がうかばないところが悲しい。思いついたらおってコメントした方がいいですか?)
なんてことをいうと、「全然ちがうよ」っていわれて、恥のうわぬりになりそうですが、いちおう念のため。
[つけたし]が僕のブコメへの反応なので、恥をしのんでブックマークはそのままのこしておきます。
失礼しました。

投稿: OTF | 2010.08.13 16:02

こちらこそ、真意をとりちがえて失礼しました。ブコメの後半はそういうことだったんですね。「いや、それ中国語(漢語)だからw」、「いや、それギリシャ語だからw」ってことですね。わざわざコメントしていただいたのに…

それにしても、漢字のなりたちの説明というのはじつによくあることで、訓よみのことばについてすらそうですからね。日本語の説明のはずなのに、ことばそのものを説明しないで漢字の説明になってしまうわけですが、ひとつには、そのほうが容易だからなんでしょう。日本語の語源よりも漢字をあげつらうほうがやりやすいわけで、学校で漢字についてはおしえても、日本語の語源についてはほとんどおしえてないということもあるんじゃないでしょうか。

でも、まえにここでかいたように漢字には仮借がとてもおおいので、漢字のなりたちの説明にはこじつけがよくみられるようです。もちろん、金八先生の「人という字は、ひとと ひとがささえあっている」という説明は、あくまで説教のためのもので、漢字のほんとうのなりたちを説明してるつもりではないとおもうので、こじつけにしても、あれはまたべつのはなしでしょうけど。

投稿: yumiya | 2010.08.13 17:00

この記事へのコメントは終了しました。

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