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“韓国語” “中国語”

この サイト で は 韓国語 じゃ なくて 朝鮮語 って ことば を つかってる けど、 それ は 韓国 で も 北 朝鮮 で も おんなじ ことば が つかわれてる ん だ し、 朝鮮語 は 大韓民国 と 朝鮮 民主主義 人民 共和国 が できる まえ から あった わけ で、 それ を あと から できた 韓国 って いう くに の なまえ を つける の は おかしい って おもう から だ。 むかし の こと を いう の に も 韓国語 って こと に なる の か なあ。 それ に 「コレア語」 みたい に 英語 に にげる の も どう か と おもう し。

中国語 に ついて は ふだん から 自分 で も そう いってる し、 まあ いい か って かんじ だった ん だ けど、 あらためて かんがえて みる と、 インド語 って いう の が ない の と おんなじ よう に (ヒンディー語 の こと を 「インド語」 って かいてる の を みた こと が ある けど、 インド に は いくつ も ことば が ある)、 中国語 って いう の も おかしい。 中国 って くに に も いくつ も ことば が ある から だ。

そう なる と 中国語 の かわり に なんて いえば いい の か って こと に なる けど、 漢 民族 の ことば だ から 「漢語」 って いえる し、中国語 に も 中国語 って 意味 で 「漢語 (汉语) hànyǔ [ハンユー]」 って いう ことば が ある。 でも いま の ニホン語 で 「漢語」 って いう と、 音よみ の ことば つまり 中国語 から はいった 外来語 の こと だ から (和製 英語 が ある みたい に 和製 漢語 も ある けど)、中国語 の かわり に は つかえない。

中国語 が 属してる 語族 は シナ・チベット 語族 (Sino-Tibetan) って いわれてる し、 学者 なん か は けっこう 「シナ語」 って いってる。 インド学 の 中村 はじめ も たしか そう だった と おもう し、 言語 学者 なん か は 当然 そう で、 服部 四郎 も そう いってる。

『世界言語概説 下巻』 (研究社、1955) で も 「朝鮮語」 と いっしょ に 「シナ語」 が つかわれてて、 「シナ語」 の 項目 を かいてる 魚返おがえり善雄よしお は 「名称と定義」 の とこ で こう 説明 してる (旧 かなづかい を 現代 かなづかい に、 旧 字体 の 漢字 を 新 字体 に なおした)。

 シナ語(Chinese)は漢民族の社会にできた言語である。それは時と場所によって名称が一様でない。日本は唐ごろから大陸の文化を受け入れたためか,江戸時代になってもシナ語を「唐話」「唐語」などと呼び,そういう名まえの書物も出ている。当時の儒学者たちは文語体しか知らなかったので,シナ語の口語体のことを「俗語」と呼んだ。明治初年には「漢語」ともいったが,清朝時代なので多く「清語」と呼び,また「支那語」という名称も一般に用いられた。「英語・仏語……」のごとく「華語」と呼ぶことも,略称としては便利なので用いられている。このごろは「中国語」とも呼ぶようになったが,政治や儀礼を離れて学問上の名称としては,「シナ語」の方が便利である。

その 「シナ」 に ついて、 この 本 の 「あとがき」 で 服部 四郎 は こう かいてる (引用 の しかた は うえ に おなじ)。

 「中国」という通称の代りに「シナ」という名称を用いた。その理由は次のようである。一体「中国」という名称は,「東夷西戎南蛮北狄」に対して自国を「中国・中華」とする思想に基づくもので,少なくとも語源的には,極めて非現代的である。シナ人自身が用いるのはともかくも,他民族に押しつけるべきものではない。他民族が自らすすんで用いるとしても適当ではない。その上わが国では「中国地方」と混同して不便である。しかし「支那」という名称はそのシナ音を非常に嫌うシナ人があるし,日本人もそれに侮蔑的意味を含ませて用いることが少なくなかった。そこでこれを,イギリス・ドイツ・フランスなどと同様仮名書きにして「シナ」とし,同時にこの名称から侮蔑的意味を除こうと試みたのである。現代のシナを「中国」と呼び、過去のシナを「支那」と呼ぼうとする向きもあるが,まぎらわしく,すべて一律に「シナ」とした方がよいと思う。

これ を よんで あらためて おもった の は ニホン の 中国 地方 の こと だ。 まえ から ほんと に まぎらわしい って おもってた けど、 くに の ほう を 「中国」 って いわなく なれば それ も なく なる わけ だ。 でも まあ 中国 地方 の こと は 「中国 地方」 って いって、 ただ 「中国」 と は いわない だろう から それ は いい と して、 「支那」 って かいて も 「シナ」 って かいて も、 結局 は おんなじ ことば だ。 おんなじ ことば を 文字 だけ で かきわける なんて どう か と おもう。 「支那」 って ことば が ほんと に 問題 なら、 カタカナ で かいたって おんなじ こと だろう。

もう ちょっと あたらしい 本 も みて みよう。 田中 克彦 『ことばと国家』 (岩波新書、1981) に は こう かいて ある (表示 の 都合 で 傍点 を 省略)。

ふつう、多くのばあい、日本国語、フランス国語というふうに、ことばの名は国の名では示さないものである。あるいは、固有名詞としてのことばの名には国の名は入ってこないものである。それは国家よりも、より本源的な関係を言語ととりむすぶ民族の性格からして自然なことである。ところが、世界にめずらしい例として韓国語と中国語がある。いずれの名称も、漢字を用いている日本語においてのみ、そしてまた、これらの言語とではなく、それぞれの国家との間で生じた政治的関心のもとに新しく発生した、特殊な、すなわち学問外的な政治の事情が要求した言語名である。
 朝鮮半島には、その政治的境界線を問わず一つの民族によって一つの言語が話されているという認識に立つならば、これを朝鮮語と呼ぶのは自然である。それに対して、韓国という国家を単位とする言語の呼称を設けることは、朝鮮半島全域におよぶはずの言語を一つの国家だけに限定し、ことによると国境外にも話されている同一の言語を排除することになる点でふさわしくない。それはまた、みずからすすんで二つの異なる言語の存在を主張する可能性を含んでおり、したがって、二つの民族の存在を主張することにもなりかねない。そして、それが現実にある民族の状況と対応していなければ、この呼称は矛盾となるであろう。
 中国語のばあいはこれとは逆のケースになる。中国内には漢民族以外に、五〇以上もの異なる言語を持つ民族が居住している。じっさいに存在するのは、それら個々の民族名を帯びたそれぞれの言語であって、中国という国家に対応する単一の言語は存在しない。したがって、日本で言う中国語はふつう漢民族の言語のことをさすから、漢語と呼んだほうが、より言語に則して正確である。
 日本以外の世界の国々は、ほぼこの原則に立ってこれらの言語を呼んでいる。すなわち、朝鮮民族の言語はたとえばコレア語であり、漢民族の言語はシナ語、チャイナ語などと呼ばれている。中国については、「シナ」が戦争時代の記憶を呼びおこすからというので避けられるけれども、これは日本特有のめずらしい現象であることは知っておく必要がある。すなわち、言語の呼称が政治に従属した例である。もし、中国語という呼びかたに従うならば、ロシア語はソ連語と呼ばねばならなくなる。言語学者が、政治的な顧慮を加えたうえでもなお中国語とは呼べずシナ語と呼ばざるを得ないのは、ことばを国家という政治単位ではなく、民族の単位に従って呼ばねばならないという科学の要求にもとづくものなのだ。

個人 てき に は 「シナ語」 って いう いいかた に は、 朝鮮語 と ちがって まったく なじみ が ない から つかい にくい し、 ふだん くち に だして いう こと も ない。 それ に 中国 って いう 国家 と は 区別 して 「シナ」 って ことば を つかう ひと が いる 一方 で、 くに の こと を 「シナ」 って いう ばあい も ある から、 それ だ と 「シナ語」 って いって も 中国語 って いう の と かわり が ない こと に なる。 要する に Chinese と か に 相当 する いいかた が 「シナ語」 だ って こと なん だろう けど、 これ だって China は 中国 の こと で、 Chinese は やっぱり 中国語 な ん じゃ ない の か な。 つまり Indian (インド語) って いう の が ない の と おんなじ で、 Chinese って いう の も おかしい よう な…。

シナ と China の 語源 は おんなじ で、 「秦」 って いう 王朝 の なまえ が もと に なってる らしい。 そう する と シナ も China も 語源 から して も いま の 意味 から して も 漢 民族 を さしてる わけ じゃ ない から、 「シナ語」 も Chinese も 民族名 を つかった 言語 の なまえ に は なって ない と おもう。中国語 って いう の と ちがって 「国」 が はいって ない ぶん まし か も しれない けど。

外国 で Chinese と か いってる ん だ から ニホン語 だって おんなじ いいかた の 「シナ語」 で いい じゃ ない か って いう の も わからない で は ない けど、 それ で も インド語 が ない みたい に 中国語 も ない って こと から する と、 「シナ語」 だって どう か と おもう。

それ じゃあ なんて いえば いい の か って いう と、 漢 民族 の ことば だ から、 その まんま 「漢民族語」 と か? でも これ じゃあ 説明 てき すぎる よ なあ。

そう いえば 「韓流」 って いう の は 朝鮮語 の 発音 を まぜて 「はんりゅう」 って いってる わけ だ けど、 これ に ならえば 「漢語」 の 「漢」 を もともと の 発音 に して 「はんご」 って いえない こと も ない。 もちろん 「漢」 を 「はん」 って よませる の は ニホン語 と して は 無理 だ から、 かく とき は 「ハン語」 に なる。 「漢語」 って かいて ふりがな を ふる て も ある けど、 ふりがな を ふって まで 漢字 を つかいたく は ない。 いま の 中国人 の なまえ を ニホン語 で かく とき は 漢字 を つかわない で カタカナ に すれば いい って おもってる から、 「ハン語」 だって それ と おんなじ で いい か も しれない。

ただ 「ハン語」 だ と、 おんなじ 発音 の 「反語」 って いう ことば が ある わけ で、 そこ が ちょっと ひっかかる。 それ に 「ハン語」 って いって も なん の こと か わかんない だろう から、 いちいち 中国語 の こと だ って 説明 しなきゃ なんない か。

と する と、 また 説明 てき な いいかた に もどっちゃう けど、 漢 民族 の こと を 漢族 と も いう から、 「漢族語」 って いう の は どう か な。 「漢民族語」 より は まし だ と おもう ん だ けど。 「族」 なんて いう の が はいっちゃってる に して も、中国語 と か 韓国語 みたい に 「国」 が はいってる より は いい と おもう。 それ に おんなじ 発音 の ことば も ない し。

くるしまぎれ に かんがえた 「漢族語」 って いう の が 特別 いい と は おもわない けど、 「シナ語」 なんて いう の は いまさら って かんじ だ し、 インド語 が ない の と おんなじ で 「シナ語」 も ない と おもう から、 とりあえず 「漢族語」 で いこう か な。

2011.03.26 kakikomi; 2012.10.10 kakikae

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