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『新世紀エヴァンゲリオン』とギリシャ語

ウィキペディアの『新世紀エヴァンゲリオン』のページに監督の庵野秀明がやってる株式会社カラーのウェブサイトのリンクがあったから、そのサイトをみてみたら、ギリシャ文字で χαρα っていうのがあった。会社名の「カラー」は、このまえとりあげた KARA っていう名まえのもとになったことばのひとつとおんなじなわけだ(KARA とギリシャ語」)。「カラー」だから古典式の発音でちゃんと母音をのばしてる。ギリシャ文字をつけてるのは、「カラー」が色のカラーだとおもわれないようにってことなのかな。でも χαρα がわかるひとはあんまりいないんじゃ…。

そのページの χαρα は鋭アクセント記号なしの小文字になってるんだけど、アクセント記号をつけないんだったら大文字のほうがいいんじゃないかな。っていっても、小文字にした理由がわからないでもない。大文字の XAPA だとラテン文字の XAPA とおんなじになっちゃうから「クサパ」とでもよまれて「カラー」の説明にはならないっておもったんだろう。

そうだとしたら、古典語の鋭アクセント記号はけっきょくは現代語のアクセント記号とおんなじで、現代語の記号ならとくに表示に問題はおこらないから、現代語のアクセント記号をつけて χαρά にすればよかったんじゃないのかな。ただし、フォントによっては古典語の鋭アクセント記号って感じじゃないのもあるけど、この単語だけならそれでもとりあえずはいいだろう。まあ、余計なお世話だけど。

でも、なんでギリシャ語をつかったんだろ、なんておもったんだけど、かんがえてみりゃ「エヴァンゲリオン」もギリシャ語だもんな。それにこの作品のタイトルは横文字で NEON GENESIS EVANGELION で、ぜんぶギリシャ語だ。

「エヴァンゲリオン」のもとは古典(古代)ギリシャ語の εὐαγγέλιον [euwaŋɡélion エウワンゲリオン]で、キリスト教の用語としては「福音ふくいん」って訳されてる。「よろこばしい しらせ」っていう意味で、分解すれば、「エウ」が「いい、すばらしい」、「アンゲリオン」が「しらせ」なんだけど、εὐαγγέλιον にはさらにそういう「いい しらせをつたえたものにあたえる報酬」とか、「いい しらせに対して感謝をあらわすささげもの、いけにえ」っていう意味もある。それから「アンゲリオン」の部分は「つかい、天使」って意味の ἄγγελος [áŋɡelos アンゲロス]と関係がある(天使の階級」)。そういえば、この作品にはキリスト教用語の「使徒」なんていうのもでてくる。

εὐαγγέλιον は現代ギリシャ語だと ευαγγέλιο(ν) [ɛvaˈŋɡʲɛɔ(n) エヴァンギェーリオ(ン)]になるから、「エヴァンゲリオン」っていうのは現代語をもとにしたのかな。

εὐαγγέλιον がラテン語で euangelium [エウアンゲリウム]/evangelium [エーワンゲリウム]になって、それがそのまんまドイツ語の Evangelium [エヴァンゲーリウム]にもなってるから、このあたりのことをとりいれたのかもしれない。なにしろこの作品には「ネルフ」とか「ゲヒルン」とか「ゼーレ」なんていう用語がでてきて、これは順にドイツ語の Nerv (神経)、Gehirn (脳)、Seele (たましい)だから、ドイツ語と関係あってもおかしくないとおもう。

英語だと evangel [イヴァンジェル]になってるから、このへんのことも関係あったりして? ただし英語としては「福音」は gospel のほうがふつうだろうけど。ちなみに εὐαγγέλιον も evangelium も Evangelium も evangel も gospel も「福音」のほかに「福音書」って意味でもつかわれる。

それにしても、「カラー」の発音は古典式をつかってるのに、なんで「エヴァンゲリオン」は古典式をもとにした「エウアンゲリオン」じゃないのかな、ってかんがえてみると、たぶんアダムとエヴァ(=イブ)の「エヴァ」にひっかけたかったからなんだろう。

それから EVANGELION の説明としてどっかにかいてある「ギリシャ語のラテン語表記」とかいうのはヘンだとおもう。ラテン語は evangelium なんだから、これはギリシャ語のローマ字表記だろう。それとも、ラテン語の文献のなかに evangelion っていうギリシャ語の語尾のまんまの用例があるのかな。

NEON GENESIS は「新世紀」のつもりなんだろうけど、ちょっとおかしい。GENESIS は古典ギリシャ語の γένεσιςɡénesis ゲネスィス]で、「産出、誕生、生成、発生、被造物」っていう意味だから、「世紀」にあてるのはどうなのかなっておもうんだけど、それはともかくとして、NEON のほうが文法的におかしい。γένεσις は女性名詞だから、それにかかる形容詞も女性形になる。でも NEON (νέον [néon ネオン])は中性形だ。女性形なら NEA (νέα [néaː ネアー])になる。EVANGELION (εὐαγγέλιον)が中性名詞だから、そっちにあわせちゃったとか?

いいように解釈して、NEON は νέων [néɔː ネオーン](複数属格)で、「あたらしい(わかい)ものたちの」っていうふうにかんがえれば、「あたらしい人類の誕生」みたいによめないこともない。「新世紀」っていうのは、そのへんの意味の意訳みたいなもんだったりして…。

γένεσις は英語で genesis [ジェネスィス]になってて、ギリシャ語でも英語でも旧約聖書のいちばん最初の『創世記』のタイトルでもある(固有名詞として最初は大文字になる)。だから NEON GENESIS は「新創世記」ってことでかんがえたのかもしれない。そうだとしても、やっぱり NEA じゃないとおかしいわけだけど、そうじゃなくて「あたらしいものたちの創世記」だったりするのかな。

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 ・KARA とギリシャ語
 ・天使の階級

2011.04.01 kakikomi; 2012.01.08 kakinaosi

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