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ムーンサルト、サルトプス

器械体操でムーンサルトっていう技がある。月面宙がえりともいうけど、正式名はツカハラらしい。

これは日本でつくられたことばで、ムーンのもとが英語だから和製英語みたいだけど、サルトのほうは英語じゃない。だから和製外来語とでもいえばいいのかな。宙がえりのことは英語で somersault っていうけど、この -sault とサルトはにてる。

しらべてみると、サルトのもとはドイツ語らしい。器械体操はドイツではじまったんだから、これは納得できる。ただしドイツ語の Salto の発音は[ザルト]だから、ローマ字よみなんだろう。和製外来語だから正式なつづりなんてないわけだけど、横文字でかくとしたら moonsalto か moon-salto か moon salto ってことになるのかな。

Salto は -o でおわってるし、どうもドイツ語っぽくない。それもそのはずで、これはともともイタリア語だ。ドイツ語としては「宙がえり、空中回転」ってことで、体操とか、水泳のとびこみとか、飛行機の技の用語としてもつかわれてる。もとのイタリア語とおんなじ男性名詞で、複数形は外来語によくある -s がついた Saltos [ザルトス]もあるし、イタリア語の複数形そのまんまの Salti [ザルティ]もつかわれる。

イタリア語の salto [サルト]は「とびはねること、ジャンプ、飛躍、急激な変化」っていう意味があって、ラテン語の saltus [サルトゥス](とびはねること、急激な変化)が変化してこれになった(厳密にいうと対格の saltum が salto になったっていわなきゃいけないんだろうけど)。

エラスムスの『格言集』(Adagia III, 3, 28)に Hic Rhodus, hic saltus [ヒーク ロドス、ヒーク サルトゥス](ここがロドスだ、ここで とんでみろ)っていうのがあるけど、ここに saltus がでてくる。これはアイソーポス(イソップ)の「ほらふき」にでてくることばをラテン語に訳したものなんだけど、この格言はヘーゲルが引用して、さらにそれをうけてマルクスが引用したことで有名になったらしい。ただしマルクスの引用だと最後のことばは salta [サルター](おどれ)になってる。

saltus は salio [サリオー](とびはねる)っていう動詞の動作名詞なんだけど、salto [サルトー](おどる)っていう動詞からつくられた名詞だってまちがえられやすい。マルクスの引用にある salta はこの salto の命令形だ。saltus は動詞の語幹からつくられる第4変化の抽象名詞で、完了受動分詞とか目的分詞(supinum)とおんなじ語幹になる(っていうかこの抽象名詞の対格形が目的分詞になったんだけど)。salio の目的分詞は saltum だから、saltus とおんなじ語幹なのはすぐわかるだろう。ところが salio の反復をあらわす強調形 salito [サリトー](「とびはねる」の反復が「おどる」になるんだろう)が salto になったもんだから、まぎらわしくなった。

はなしをもどして、宙がえりのことはイタリア語で salto mortale [サルト モルターレ](死のジャンプ)っていうんだけど、これがそのまんまドイツ語でも Salto mortale [ザルト モルターレ]になってつかわれてる。複数形は、変化なしか、イタリア語そのまんまの(もちろん発音はドイツ語式) Salti mortali [ザルティ モルターリ]になる。サーカスとか体操の宙がえり、とくに反復宙がえりのことをいって、そこから いのちがけの危険なくわだてのことをいうようにもなった。もともとはこのいいまわしがドイツ語にはいって、そこから Salto だけでつかわれるようになったのかもしれない。

英語の somersault はフランス語からはいったことばだけど、さかのぼればラテン語の supra [スプラー](上に)+ saltus だから、-sault と salto の語源はおんなじだ。

サルトっていえば、サルトプス(Saltopus)っていう恐竜がいる。全長60センチぐらいのちいさい種類で、ドイツの古生物学者フリードリヒ・フォン・ヒューネ(Friedrich von Huene)が1910年にスコットランドで発見した。

Saltopus はラテン語の saltus とギリシャ語の πούς [pǔːs プース]をくみあわせたもので、この -pus は octopus (足が8本あるもの=タコ)の -pus とおんなじものだ。ラテン語の複合語の一般的なつくりかたからすると saltus の語幹 saltu- の最後の母音を i にかえて Saltipus になるとこだとおもうんだけど、後半がギリシャ語ってこともあるのか、ギリシャ語の複合語のパターンとおんなじ Saltopus になってる(ラテン語の複合語でも Lexicon Latino-Japonicum みたいに機械的につなげたようなのは -o- だったりするけど)。

こういう複合語は所有複合語っていわれる形容詞になって、それが名詞としてつかわれて「とびはねる足をもっているもの」っていう意味になる。この恐竜がカエルみたいにとびはねてたってかんがえてフォン・ヒューネがこう名づけた。

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2011.06.30 kakikomi; 2011.07.03 kakitasi

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