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サラマンカ大学のファサードのギリシャ語

スペインのサラマンカ大学(Universidad de Salamanca)のファサードは16世紀につくられたもので、銀細工みたいな こまかい うきぼりの装飾がほどこしてあって、プレテレスコ様式っていわれてる。

ファサードの門のすぐ上にはカトリック両王のレリーフがあって、その肖像の下にはふたりの名まえ、フェルナンドとイサベルが FERDINAND と ELISABETHA っていう つづりできざまれてる。それから肖像の上にはギリシャ語の文章もある。

ΟΙ ΒΑΣΙΛΕΙΣ ΤΗ ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ· ΑΥΤΗ ΤΟΙΣ ΒΑΣΙΛΕΥΣΙ.

よくみると、Σ のデザインがちょっとヘンだ。セリフつきの書体だけど、Σ のセリフのつきかたとはちがう。M をヨコにしただけの文字になってる。

この文章を小文字にして、古代人の文章じゃないけど とりあえず古典式の発音もつけておこう。

οἱ βασιλεῖς τῇ ἐγκυκλοπαιδείᾳ· αὐτὴ τοῖς βασιλεῦσι.

[hoibasilêːs tɛ̂ːi eŋkyklopaiděːaːi|autɛ̌ː toîs basilêusi ホイ・バスィレ~ス テーイ エンキュクロパイデ~アーイ、アウテー トイス バスィレウスィ]

このレリーフのギリシャ語は全体が大文字なのにところどころにアクセント記号なんかがついてる。むかしの印刷本でも大文字に記号がついてたりするから、とくにめずらしくはないんだけど、古代の碑文とはちがうし、入門書に説明されてるかきかたともちがう。

最初の ΟΙ に気息記号がついてるかどうかはこの角度からはよくわかんないけど、ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑΑΥΤΗ には気息記号はない。ΒΑΣΙΛΕΙΣΤΗΤΟΙΣ には曲アクセント記号がついてて、ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ には鋭アクセント記号がついてるけど、ΑΥΤΗ にはアクセント記号はないし、ΒΑΣΙΛΕΥΣΙ にもアクセント記号はついてないようにみえる。

ΤΗΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ の最後の文字には下がきのイオータがついてる(ギリシャ語の文字と発音:下がきのイオータ」)。大文字だけのばあいはヨコがきのイオータになるって入門書にはかいてあるけど、下がきのイオータがついてる大文字の碑文もけっこうある。ただし古代の碑文じゃないんだけど。そういえばバチカンのサン・ピエトロ大聖堂のギリシャ語の碑文もそうだった(サン・ピエトロ大聖堂のギリシャ語(2) ΔΙΑ ΤΗΝ ΑΠΟΚΑΤΑΣΤΑΣΙΝ...」)。

それから、ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ のあとには上のほうに点がひとつあるけど、これはギリシャ語のコロン兼セミコロンで、最後の ΒΑΣΙΛΕΥΣΙ のあとにはピリオドがある。

それと、下がきのイオータがついてる ΗΑ の右にはコンマがあるようにみえるんだけど、こんなとこにコンマがあるのはおかしい。下がきのイオータがコンマみたいなかたちになってるから、このコンマみたいなのも もともとは下がきのイオータのつもりでほられたものなのかもしれない。それがコンマとカンちがいされたかなんかで、あらためて文字の下にイオータをつけたとかいうことだったりするのかな。

このふたりは大学の保護者としてあらわされてるっていうんだけど、この碑文をよむと、それだけとはいえないとおもう。

とりあえず訳してみると、「この王たちは(この大学の)学問のために、その学問はこの王たちのために」とでもなるだろう。コロンのあとの αὐτὴ は女性単数主格の3人称の代名詞としてつかわれてるんだけど、主格はもともとは3人称の代名詞としてはつかわれなかった。それが時代がくだると主格もつかわれるようになってきて、新約聖書にもその用例があらわれる。

いちおう「学問」って訳した ἐγκυκλοπαιδεία (これは主格のかたち)は古代にはなかった単語で、ἐγκύκλιος παιδεία [eŋkýklios paiděːaː エンキュクリオス パイデ~アー]のまちがったよみかたからできたらしい。これがラテン語で encyclopaedia になって、さらに英語の encyclopedia みたいに近代西洋語で「百科事典」っていう意味でつかわれるようになった。現代ギリシャ語でも「百科事典」の意味で εγκυκλοπαιδία [エンギクロペズィーア]がつかわれてる。

もとになった ἐγκύκλιος παιδείαἐγκύκλιος は「まるい、円形の」っていう意味で、円運動は循環するから、そのことから「周期的な、定期的な」っていう意味になって、さらに「日常の、ふだんの、毎日の」っていう意味にもつかわれるようになった。それから「全般的な、一般的な」っていう意味にもなった。παιδείαπαῖς [pâis パイス](こども)からうまれたことばで「養育、教育」って意味なんだけど、教育の結果としての「教養」って意味もある。

ἐγκύκλιος παιδεία は「一般教育」とか「教養全般」とか訳されてるけど、専門的な教育のまえにほどこされる教育のことで、のちには liberal arts っていわれるようになる教育課程のことでもある。大学でいえば専門課程のまえの一般教養にあたる。

この碑文の ἐγκυκλοπαιδεία は単語そのものが古代の ἐγκύκλιος παιδεία じゃないから、古代とおんなじ意味ってわけじゃないだろうし、かといって一般教養のことだけをいってるんでもないだろう。のちの「百科事典」っていうのにつながるような意味なんじゃないかな。英語の encyclopedia に「学問(知識)全般、教育課程全般」っていう意味があるから、ここでもそういう意味でつかわれてるんだとおもう。ただし、定冠詞がついてるから、この大学の学問ってことなんだろう。

前半の「この王たちは(この大学の)学問のために」っていうのは、このふたりの王がこの大学の学問を庇護するってことだろう。でも後半の文章もあるから、それだけじゃはなしはおわらない。後半の「その学問はこの王たちのために」っていうのからすると、学問は王の役にたつものじゃなきゃいけないわけだ。学問を庇護するっていっても、権力者にとって都合のわるい学問を庇護するわけはない。

もっとも、この文章をかかせたのが王なのか大学側なのかではなしはちょっとちがってくるかもしれない。王がかかせたんなら、国策にあう、王にとって役にたつ学問だけを保護するっていってるようなもんだけど、大学側がかいたんなら、王に庇護をもとめるかわりに、役にたちますよっておべっかをつかってるともいえる。

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2011.06.06 kakikomi

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