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ネムルト山の神がみの像

2011年6月19日放送の「THE 世界遺産」(TBS)はトルコのネムルト山の遺跡のことをやってた。

ここには たかさ 2m ぐらいの石像のあたまがいくつかあって、発掘されたときはころがってる感じだったんだろうけど、いまはちゃんとたててある(写真は Wikimedia Commons より)。からだのほうは台座にすわってるんだけど、番組の説明によると、この像はむかって左から、

ライオン
ワシ
アンティオコス1世
テュケー
ゼウス
アポッローン
ヘーラクレース
ワシ
ライオン

っていうふうにならんでるらしい(カタカナ表記は番組とはべつ)。ただしちがう説明もある

ここはコンマゲーネー王国の遺跡で、アンティオコス1世がつくった(紀元前1世紀)。ヘレニズム時代の東西文化の交流がここにもあらわれてて、神がみの像はギリシャふうの顔だちだけど、テュケー以外はペルシャふうの帽子をかぶってる。

テュケーはギリシャの運命の女神で、ここではコンマゲーネー王国がテュケーのすがたであらわされてる。発掘されたとき、女神のあたまだけ胴体のうえについてたらしいけど、その後このあたまもおちちゃって、いまはほかのあたまといっしょにならべられてる。

ゼウスとアポッローンとヘーラクレースはペルシャふうのカッコをしてるだけじゃなくてペルシャ名もあって、番組の説明だと、ゼウスは「オロマス」、アポッローンは「ミトラス」、ヘーラクレースは「アルタグネス」ってことなんだけど、この遺跡の碑文をしらべてみると、たしかに別名がならんでる。神がみの像がすわってる台座のうしろ側にけっこうながいギリシャ語の碑文があって、そのなかに、

Διός τε Ὠρομάσδου καὶ Ἀπόλλωνος Μίθρου Ἡλίου Ἑρμοῦ καὶ Ἀρτάγνου Ἡρακλέους Ἄρεως

ゼウス・オーロマズデースとアポッローン・ミトラース・ヘーリオス・ヘルメースとアルタグネース・ヘーラクレース・アレースの

っていうとこがある(Inscriptions grecques et latines de la Syrie, I. Commagène et Cyrrhestique, ed. Louis Jalabert and René Mouterde. Paris 1929)。この文章だと名前はぜんぶ属格になってるんだけど、ゼウスの別名はオーロマズデース(Ὠρομάσδης)、アポッローンはミトラース(Μίθρης)とヘーリオス(Ἥλιος)とヘルメース(Ἑρμῆς)、ヘーラクレースはアルタグネース(Ἀρτάγνης)とアレース(Ἄρης)で、番組でいってたペルシャ名以外の名前もあがってる。それとペルシャ名っていってもペルシャの神がみの名前ってことで、ことばそのものはギリシャ語のかたちだ。

ゼウスの別名になってるオーロマズデースはゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー(オフルマズド/オルムズド)のことで、このむすびつきは最高神どうしのくみあわせだからわかりやすいけど、たとえばディオゲネース・ラーエルティオスの『ギリシャ哲学者列伝』(1.8)でペルシャのマゴス神官について、

Ἀριστοτέλης δ’ ἐν πρώτῳ Περὶ φιλοσοφίας (...) καὶ δύο κατ’ αὐτοὺς εἶναι ἀρχάς, ἀγαθὸν δαίμονα καὶ κακὸν δαίμονα· καὶ τῷ μὲν ὄνομα εἶναι Ζεὺς καὶ Ὠρομάσδης, τῷ δὲ ᾍδης καὶ Ἀρειμάνιος.

アリストテレースが『哲学について』第1巻で(…)マゴスのいう2つの原理とはよい神とわるい神のことで、よい神の名前はゼウスあるいはオーロマズデース、わるい神の名前はハーデースあるいはアレイマニオスである、とのべている。

ってかいてあるみたいに、ゼウスとアフラ・マズダーのむすびつきはけっこうまえからあった。

ちなみにアフラ・マズダーの名前はプラトーンの『アルキビアデースⅠ』(122a)にも Ὡρομάζης [hɔːromázdɛːs ホーロマズデース]としてでてくる。ただし神の名前じゃなくてゾロアスターの父ってことになってるんだけど。

古典時代の発音としては ζ は[zd]だったから、ホーロマズデースの zd のつづりは ζ だけど、その後 ζ の発音がかわったから、ディオゲネース・ラーエルティオスでもネムルト山の碑文でもオーロマズデースの zd は σδ になってる(δ のまえの σ は[z]になる)。

アポッローンの別名としてはミトラース(ミトラ)のほかにギリシャの太陽の神ヘーリオスと、さらにはヘルメースの名前があがってるわけだけど、このくみあわせはちょっとふしぎな感じがする。

ミトラースはギリシャ語のかたちとしては Μίθρας [mítaːs ミトラース]のほかに Μίθρης [mítɛːs ミトレース]がある。台座の碑文は属格だから、これだけだとどっちともいえないんだけど、この遺跡のべつの碑文に対格の Μίθρην [mítɛːn ミトレーン]があるから、これからすると主格は Μίθρης [ミトレース]のほうだろう。

アポッローンは太陽の神っていうイメージがあるだろうけど、もともとはそうじゃなかった。ミトラースも もとはといえば太陽の神とはべつなんだけど、そのうち太陽の神にもなった。そのあたりのことがアポッローンとにてるし、ヘーリオスといっしょに太陽の神としてむすびついたんだろう。でも太陽ってことだとヘルメースとの関係がわからない。

惑星でいうならヘルメースは水星だ。「西洋の惑星の名まえ」でかいたけど、アリストテレースの偽書『宇宙について』には水星としてヘルメースのほかにアポッローンの名前もでてくる。これからするとアポッローンは水星でもある。この碑文にあるアポッローンとヘルメースのむすびつきはほかでもみることができるわけだ。ただこれからするとアポッローン・ヘルメースは水星なのに、一方ではヘーリオスつまり太陽の神でもあることになる。

ヘーラクレースの別名としてはアルタグネースとアレースがでてくる。アルタグネースはゾロアスター教の英雄神ウルスラグナのことで、英雄ってことでヘーラクレースとむすびついたのかもしれないけど、それだけじゃない。

アルタグネースは火星の神でもある。ギリシャの戦争の神アレースも火星だから、このふたつのむすびつきはよくわかる。さらに、『宇宙について』には火星としてアレースのほかにヘーラクレースの名前もでてくる。アルタグネースとヘーラクレースとアレースは火星ってことでひとつになってるんだろう。

この遺跡にはライオンのホロスコープっていわれてる石碑があって、そこには惑星の名前が3つきざまれてる。

Πυρόεις Ἡρακλ[έους]
Στίλβων Ἀπόλλωνος
Φαέθων Διός

ヘーラクレースの火星
アポッローンの水星
ゼウスの木星

ゼウスが木星なのは当然として、ここでもヘーラクレースは火星で、アポッローンは水星だ。

こうしてみると、この遺跡にある石像は王自身とコンマゲーネー(テュケー)のほかは木星と水星と火星の神ってことになるわけだけど、ライオンのホロスコープはここをつくったときの星の位置がしるされてるってことだから、石像にゼウスとアポッローンとヘーラクレースがえらばれたのは星の位置と関係があるんだろう。

っていっても、ここをつくったときの星の位置がたまたまそういうものだったからっていうのとは はなしは逆で、もともと王にとって(または王国にとって)この3柱の神が重要な存在だったから、その神の星がちょうどいい位置にくるときをえらんで建設をはじめたのかもしれない。

ネムルト山:ネムルト・ダウ、ネムルットダウ。 テュケー:テュケ、ティケ。 アポッローン:アポロン、アポロ。 ヘーラクレース:ヘラクレス。 コンマゲーネー:コンマゲネ。 ヘーリオス:ヘリオス。 ヘルメース:ヘルメス。 アレース:アレス。 ディオゲネース・ラーエルティオス:ディオゲネス・ラエルティオス。 アリストテレース:アリストテレス。 ハーデース:ハデス。 プラトーン:プラトン。 アルキビアデース:アルキビアデス。

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 ・西洋の惑星の名まえ

2011.07.07 kakikomi; 2012.10.09 kakikae

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