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標準語

郡史郎『はじめてのイタリア語』(講談社現代新書)にこんなことがかいてある。

 大阪弁や秋田弁などは方言ではあっても、同時に日本語の一種です。つまり、「日本語」とは日本でもともと話されていることばのことであって、標準語も方言も日本語の一種だと考えるのがふつうでしょう。
 ところが、イタリアではかなり話が違います。イタリアにもミラノ、ナポリ、ベネツィアなど各地に方言(dialetto [ディアット])があります。ところが、それはあくまでも「イタリアで話される方言」であって、「イタリア語」ではないのです。そもそも「イタリア語」(italiano [イタリーノ])という言い方自体に、日本で言う標準語とか共通語に近い意味があるのです。ですからイタリア各地の方言は「イタリア語」の一種ではないのです。つまり方言とはイタリアの各地で昔から話されていることばで「イタリア語」でないものを指しているのです。もちろん、そうした方言を客観的に見れば、「イタリア語」によく似ていますし、英語やドイツ語などとは明らかに違います。それでも「イタリア語」とは言わないのです。
 日本でも、ふだんは方言しか使わない人、標準語は聞いて分かるけれど、自分では話せないという方が結構います。それと同じことで、イタリアにも方言しか話せないという人がいます。ですから、そういう人は「イタリア語が話せない」ということになります。「イタリアにずっと住んでるイタリア人なのにイタリア語が話せない」というのは、日本の常識からは考えにくいことですが、それは「イタリア語」という言い方自体に標準語とか共通語の意味が含まれているからなのです。そういう人は今でこそわずかですが、ある推計によると19世紀の半ばころにはなんと人口の97.5%以上いたということです。

イタリアが統一されたのは19世紀後半だから(1861年イタリア王国成立、1866年ベネチア併合、1870年ローマ教皇領併合)、19世紀のなかばに97.5%が「イタリア語が話せない」っていうのはなるほどっておもうけど、ヨーロッパでいちばん最初に国民国家をつくったフランスとなるとさすがに数字はちがってくる。

 国民国家は、国家統合を実体化するために、「一国民、一言語、一国家」を理想とする。だが、最も早く国民国家が形成されたフランスでさえ、1870年代に標準的なフランス語を母語として用いることのできる人びとは人口の半数にすぎなかった。1860年代には、自分がフランス人であると答えられない小学生が周辺部にはなお存在した。
(中井義明・佐藤專次・渋谷聡・加藤克夫・小澤卓也『教養のための西洋史入門』ミネルヴァ書房。年代とかの漢数字は算用数字にかえた。以下おなじ)

イタリアとくらべるとフランスのほうがずっと数はへるけど、それにしてもこんな感じだったわけだ。で、この文章のつづきはこうなってる。

 このため、国民意識を涵養するために、新しい伝統が創造され、国家の象徴として国歌や国旗が制定された。19世紀末のフランスやドイツでは、それぞれマリアンヌやゲルマニアが国家の象徴として視覚化された。彫像が各地に建立されるとともに、図像として流布された。
 なかでも重視されたのが教育であった。プロイセン改革の頃から各邦国で教育が重視されたドイツを例外として、一般的には教育体制は19世紀後半に整備された。イギリスでは1880年に初等教育が義務化され、フランスでは1881年から翌年にかけて初等教育の義務化・無償化・世俗化を定めた一連のフェリー法が制定された。国家は国民の形成と統合という視点から教育を重視し、国民は子どもの境遇を改善し、社会的上昇の機会をつかむための手段として教育を受容していく。その結果、イギリスとフランスの識字率は1840年代の約50%から、90年代には90%台に向上した。初等教育では、読み書き能力とともに、とりわけ国語、地理、歴史教育が重視され、愛国心をもった良き公民を育成することが目指された。

「国家は国民の形成と統合という視点から教育を重視し、国民は子どもの境遇を改善し、社会的上昇の機会をつかむための手段として教育を受容していく」ってとこは、いまでもかわりないな。

1840年代に識字率が約50%ってかいてあるけど、一方で1870年代に「標準的なフランス語を母語として」つかえるひとも半数だったってことで、このふたつのわりあいはとりあえずおんなじだ。年代はちょっとちがうけど、初等教育がはじまるまえだから、どっちのわりあいもまだたいして変化はなかったとおもう。識字率と標準語の普及率には関連があるだろう。

「新しい伝統が創造され」ってこともふくめて、標準語(国語)のこととか教育のこととかはとうぜん明治以後の日本にもあてはまる。日本の伝統っておもわれてるものには明治になってつくられたものもいろいろある(旧かなづかいは日本の伝統?」)。

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2011.07.18 kakikomi

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