« 電話の「米印」と「シャープ」 | トップページ | 『20ヵ国語ペラペラ』 »

「ウーク・エスティ」か「ウーケスティ」か、
「メン・エスティ」か「メネスティ」か

まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(3) 「ΕΙΜΙ」の現在形」にアクセントに関連して οὐκ ἔστιμέν ἐστι っていう例をあげて、その発音をそれぞれ[uːkésti ウーケスティ][ménesti メネスティ]ってかいたけど、これに関しては[ウーケスティ][メネスティ]ってつなげないで[ウーク・エスティ][メン・エスティ]じゃいけないのかっておもうひとがいるかもしれない。

そもそもこういうことをカタカナ発音でかんがえるのはおかしいから、[ウーク・エスティ]か[ウーケスティ]かっていう問題のたてかたがまちがってるともいえるけど、そこはおいといて、この件についてちょっとかんがえてみたい。

否定の副詞 οὐ [uː]は、οὐκ ἔστι みたいにつぎに母音がくると οὐκ になるし、οὐχ ὁρῶ [uːkʰorɔ̂ː ウーコロー]みたいに有気記号つきの母音がくると οὐχ になる。

こうなるのはギリシャ語が母音連続をきらうからで、それをさけるために κ がはいる。有気記号つきの母音のときも κ がはいることにかわりはないんだけど、有気記号であらわされてる[h]とむすびついて[uːkʰorɔ̂ː]みたいになるから、つづりとしては οὐχ ってかくようになった。

これがもし[ウーク・エスティ]っていうふうに きりはなして発音するとしたら、母音が連続するのをさけるためにわざわざ κ をいれるなんてこと しなくてもいいようなもんだ。[ウー・エスティ]のまんまでいい。それに[ウーコロー]じゃなくて[ウーク・ホロー]って発音するとしたら、κ と[h]がむすびつくこともなくて χ っていうつづりにはならなかったんじゃないかな。つづりが χ になってることから[ウーク・ホロー]じゃなくて[ウーコロー]っていう発音だったってことがわかるとおもう。

それに、ギリシャ語の単語は閉鎖音 /k, kʰ, ɡ, t, tʰ, d, p, pʰ, b/ じゃおわれない。ギリシャ語で単語の最後にくることができるのは母音と ν /n/ と ρ /r/ と ς /s/ だけだ。

たとえば「名まえ」って意味の ὄνομα [ónoma オノマ]の語幹は ὀνοματ- [onomat]で、これがそのまんま単数主格・呼格・対格としてつかわれるんだけど、τ でおわれないから これがとれちゃって ὄνομα になってる。単数属格は ὀνόματος [onómatos オノマトス]で、単語のおわりじゃないから τ はなくならない。

ギリシャ語の単語が閉鎖音でおわらないっていうと、そうじゃないのがあるじゃないかってことになるだろう。たしかに前置詞の ἐκ [ek](~のなかから)は κ でおわってる。それにいま問題にしてる οὐκ だってそうだ。

ἐκοὐκ に共通してるのは、それ自体にはアクセントがなくて、アクセントの単位としてつぎにつづく単語といっしょに発音される あとより語(proclitic)だってことだ。うしろの単語といっしょに発音されるから κ でおわっててもいいんだろう。こういう あとより語を[ウーク・エスティ]みたいにうしろの単語からきりはなして発音するのは不自然だとおもう。

だから οὐκ ἔστι をわざわざくっつけて[ウーケスティ]って発音しなきゃいけないのかっていわれたら、それに対しては、わざわざ きりはなして[ウーク・エスティ]って発音するのは不自然だってこたえたい。

つぎに μέν ἐστι だけど、まず最初にいえることは、とにかく[メン・エスティ]っていう発音にはならないってことだ。母音のまえの「ン」は日本語独特ともいえる発音で、外国語にはあんまり例がない(鼻音のかきかた」)。もちろん鼻母音ってことだけなら、鼻母音はいろんなことばにあるけど、n にあたる文字でかいてあるものを日本語の「ン」で発音しちゃうと、いろんなばあいにおかしなことになる。

英語の Can you...? を[キャン・ユー]って発音するのをよく耳にするけど、これは[キャニュー]みたいに発音しないとおかしい。n の発音は日本語の「ン」じゃなくて、舌先を前歯とか歯茎の裏にくっつける[n]の音だ。そいで、ちゃんと[n]の発音をしてれば、自然につぎの母音とか半母音にくっつくことになる。これを、[n]の発音をしときながら つぎの母音とか半母音ときりはなして発音するとなると、けっこう無理なことになる。ちょっとマをいれるか、母音のまえに声門閉鎖音[ʔ]でもいれないといけない。でもそれだって、[menʔesti]って発音しても、ちゃんとした発音なら日本語のはなし手にはくっついてるみたいにきこえることがおおい。

だから μέν ἐστι をわざわざくっつけて[メネスティ]って発音しなきゃいけないのかっていわれたら、それに対しては、わざわざ きりはなして[メン・エスティ]って発音するのは無理があるし、日本語式の「ン」はまちがいだってこたえたい。

それに韻律からいっても[メン・エスティ]っていう発音には問題がある。μέν ἐστι の韻律は「∪―∪」だけど、[メン・エスティ]って発音したら「――∪」になっちゃう。散文のばあいはそれでもいいかもしれないけど、韻文だとせっかくの形式を台なしにするし、散文だって、リズムをととのえた弁論家の文章だったら、そのリズムをこわしちゃうのはどうかとおもう。

関連記事
 ・まえより語(enclitic)のアクセントの問題点(3) 「ΕΙΜΙ」の現在形
 ・鼻音のかきかた

2011.09.03 kakikomi

|

« 電話の「米印」と「シャープ」 | トップページ | 『20ヵ国語ペラペラ』 »