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キエフにある聖ソフィア大聖堂のモザイクのギリシャ語

キエフの聖ソフィア大聖堂は「ロシア聖堂の母」っていわれてて、11世紀にたてられた。その後なん度か修復されてるけど、11世紀のモザイクがのこってて、ここのモザイクにもいろいろギリシャ語がかいてある。

イスタンブールの聖ソフィア大聖堂にもあったみたいに(聖ソフィア大聖堂のモザイクのギリシャ語」)、この聖堂にもデイシスの絵があって、キリストと聖母のギリシャ語はおんなじように ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ (イエス・キリスト)と ΜΗΤΗΡ ΘΕΟΥ (神の母)の略だけど、洗礼者聖ヨハネがちょこっとちがってる。

こっちの ΠΡΟΔΡΟΜΟΣ (先駆者)には定冠詞がない。結合文字は ΠΡΟ だけだ。それと、ヨハネが略したかたちでかいてあるのはおんなじだけど、Ο ΑΓΙΟΣ (定冠詞つきの「聖」)は略したかたちになってて、Ο のなかに Α がかいてある。この略字はよくつかわれる。

つぎのモザイク画は受胎告知のマリアで、天使カブリエルのおつげに対してマリアがこたえた ことばが左側にかいてある(右側はデイシスとおんなじ「神の母」)。

ΙΔΟΥ Η ΔΟΥΛΗ ΚΥΡΙΟΥ ΓΕΝΥΤΟ ΜΥ ΚΑΤΑ ΤΟ ΡΙΜΑ ΣΟΥ

ΔΟΥΛΗΟΥ は結合文字になってて、ΚΥΡΙΟΥΚΥ って略されてる。ΚΥ のうえには省略記号のヨコ棒がついてるけど、「神の母」のほうの省略記号はただのヨコ棒じゃなくてバツ印のかざりがある。

これは『ルカによる福音書』第1章第38節にでてくる文章だ。

ΙΔΟΥ Η ΔΟΥΛΗ ΚΥΡΙΟΥ ΓΕΝΟΙΤΟ ΜΟΙ ΚΑΤΑ ΤΟ ΡΗΜΑ ΣΟΥ

Ἰδοὺ ἡ δούλη κυρίου· γένοιτό μοι κατὰ τὸ ῥῆμά σου.

わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。(新共同訳、以下おなじ)

これをみると、このモザイクの文章はところどころつづりがちがってるのがわかるだろう。ΓΕΝΟΙΤΟΓΕΝΥΤΟΜΟΙΜΥΡΗΜΑΡΙΜΑ になってる。これは、この時代にはもう ΟΙ の発音が Υ とおんなじに、Η の発音が Ι とおんなじになってたからだ。ちなみに Υ はまだ Ι の発音にはなってない。Υ が現代ギリシャ語みたいに Ι とおんなじになったのはギリシャ語の発音の変化のなかでいちばん最後のことだったらしい。

ΟΙΥ とおんなじ発音になったもんだから、もともと二重母音だった ΟΙ に対して Υ のほうを「ただの Υ」(ユ・プシロン)っていうようになった(ギリシャ語の文字と発音:Υ υ」)。

福音記者のモザイク画には、書見台みたいなのにおいてある福音書がえがかれてるんだけど、その福音書にはそれぞれの福音書の最初の部分がかいてある。たとえばヨハネのばあいはこうだ。

ΕΝ ΑΡΧΗ ΗΝ Ο ΛΟΓΟΣ ΚΕ Ο ΛΟΓΟΣ ΗΝ ΠΡΟΣ ΤΟΝ ΘΕΟΝ

ΘΕΟΝΘΝ って略されてて、省略記号としてちょっと装飾がついたヨコ棒がついてる。

これは『ヨハネによる福音書』第1章第1節の途中までで、

ΕΝ ΑΡΧΗ ΗΝ Ο ΛΟΓΟΣ ΚΑΙ Ο ΛΟΓΟΣ ΗΝ ΠΡΟΣ ΤΟΝ ΘΕΟΝ

Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν,

初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。

っていうものだけど、よく「はじめに○○ありき」っていわれるののもとになったことばだ。ここでもモザイクの文章にはつづりがちがってるとこがあって、ΚΑΙΚΕ になってる。これは、この時代にはもう ΑΙ の発音が Ε とおんなじになってたからだ。

ΑΙΕ とおんなじ発音になったもんだから、もともと二重母音だった ΑΙ に対して Ε のほうを「ただの Ε」(エ・プシロン)っていうようになった(ギリシャ語の文字と発音:Ε ε」)。

モザイク画はほかにもいろいろあるけど、もうひとつだけ、大天使のモザイク画をみておこう。大天使が旗みたいなのをもってる すがたが えがかれてる。

ここには ΑΓΗΟΣ ってことばが3回くりかえされてるけど、これももともとのつづりとはちがってる。ほんとは ΑΓΙΟΣ/ἅγιος で、聖ヨハネの「聖」とおんなじことばだ(古典式発音で「ハギオス」)。これも、ΗΙ と発音がおんなじになったからだけど、わざわざ Η にしなくてもよさそうなもんなのに。

ΑΓΗΟΣ を3回くりかえすのは、聖書にそういう場面がでてくるからで、『イザヤ書』第6章第1節~第3節には、

わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。彼らは互いに呼び交わし、唱えた。
 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。
  主の栄光は、地をすべて覆う。」

っていうのがあるし、『ヨハネの黙示録』第4章第6節~第8節にも、

この玉座の中央とその周りに四つの生き物がいたが、前にも後ろにも一面に目があった。第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は若い雄牛のようで、第三の生き物は人間のような顔を持ち、第四の生き物は空を飛ぶ鷲のようであった。この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その周りにも内側にも、一面に目があった。彼らは、昼も夜も絶え間なく言い続けた。
 「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
  全能者である神、主、
  かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」

っていうのがでてくる。この「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」がギリシャ語で「Ἅγιος ἅγιος ἅγιος」、ラテン語だと「Sanctus sanctus sanctus」になって、これはミサの通常文にもはいってる。

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2011.12.22 kakikomi

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