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「頭がしびれるテレビ」のギリシャ語

まえに特番でやったことがあるNHKの「頭がしびれるテレビ」(頭がしびれるテレビ「神は π に何を隠したのか」」)が4月からレギュラー番組になったみたいで、たまたまみかけたら、タイトルの下にやっぱりギリシャ語がかいてあった。

Η ΤΗΛΕΟΡΑΣΙΣ ΕΞΑΙΡΕΤΟΣ ΕΣΤΙ

特番のときは Η ΤΗΛΕΟΡΑΣΗ ΣΚΙΖΕΙ っていう現代ギリシャ語だったけど、こっちはいちおう古典ギリシャ語だ。小文字でかけば(いちおう古典式の発音もつければ)、ἡ τηλεόρασις ἐξαίρετός ἐστι [hɛːtɛːleóraːsis eksǎiretósesti ヘー・テーレオラースィス エクサイレトセスティ]で、「このテレビはえりぬきのものだ/すばらしい/卓越している」ってことなんだろうけど、特番の現代語のほうもそんな感じの意味だ。それから、古典ギリシャ語っていっても古典語にテレビはないから、ΤΗΛΕΟΡΑΣΙΣ は現代になってつくられたことばだ。

番組は「マティマティコン ΜΑΘΗΜΑΤΙΚΩΝ」っていうギャラリーが舞台になってて、「マティマティコン」はギリシャ語で「数学の」っていう意味だっていう説明が番組の最初のほうにある。

ΜΑΘΗΜΑΤΙΚΩΝ はこのつづりだけなら古典語とも現代語ともいえるけど、「マティマティコン」っていうのは古典語の μαθηματικῶν [matʰɛːmatikɔ̂ːn マテーマティコーン]より現代語の μαθηματικών [maθimatiˈkɔn マスィマティコン]のほうなのかな。まあ古典語と現代語のちがいがはっきりしてないんじゃないかともおもうけど。

ΜΑΘΗΜΑΤΙΚΩΝ は複数属格だ。属格だから「数学の」なんだけど、数学はこの中性複数の μαθηματικά [matʰɛːmatiká マテーマティカ](現代語は[maθimatiˈka マスィマティカ])のほかに女性単数の μαθηματική [matʰɛːmatikɛ̌ː マテーマティケー](現代語は[maθimatiˈkʲi マスィマティキ])っていうのもある(どっちも主格形)。

そもそもこのことばは形容詞 μαθηματικός [matʰɛːmatikós マテーマティコス]で、「まなぶことにかかわる、学問の」っていう意味からとくに「数学の、数学的な」って意味にもなった。その名詞としてのつかいかたが「数学」って意味なわけだけど、女性形は τέχνη [tékɛː テクネー](わざ、技術、学問)とか ἐπιστήμη [epistɛ̌ːmɛː エピステーメー](知識、学問)の省略で、中性形はそれだけでもものごとをあらわす。

このギリシャ語がラテン語の mathematica [マテーマティカ]になって、それがイタリア語の matematica [マテマーティカ]とか英語の mathematics とかドイツ語の Mathematik [マテマティーク]になった。英語は複数形だけど、これは16世紀にあらためて古典語にならって複数形にしたもので、それまでは複数じゃなかったらしい。ギリシャ語でも単数も複数もあったわけだし、どっちでもいいとおもうけど、ラテン語の mathematica が女性単数なのか中性複数なのかはこれだけじゃなんともいえない(主格はどっちもおんなじかたち)。イタリア語とドイツ語は女性名詞だ。

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2012.4.30 kakikomi

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