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パレルモにあるマルトラーナ教会のモザイク画のギリシャ語

パレルモのマルトラーナ教会には12世紀のモザイク画がのこってる。いわゆるノルマン朝シチリア王国のルッジェーロ2世の時代のものだ。モザイク画にはギリシャ語がかいてあって、キリストとマリアはもちろんだけど、使徒とか天使とか聖人とか、ルッジェーロ2世がキリストに王冠をさずけられてるモザイク画もある。

そのルッジェーロ2世の絵の上にかいてあるギリシャ語はこういうものだ(以下、ギリシャ語の発音はひとつめが古典式、ふたつめが現代語式)。

ぜんぶ大文字で ΡΟΓΕΡΙΟΣ ΡΗΞῬογέριος Ῥήξoɡérios ɛ̌ːks ロゲリオス レークス/roˈjerios ˈriks ロイ゙ェーリオス リクス])ってかいてあって、最初の Ρ の上には有気記号、ΕΞ の上には鋭アクセント記号がついてる。意味は「ロゲリオス王」ってことで、ロゲリオスはルッジェーロのギリシャ語だ。ῥήξ (王)はラテン語の rex [レークス](王)なんだけど、たとえば6世紀の東ローマ帝国の歴史書にもでてくる。rex をうつして ῥήξ になったってことは、このことばがギリシャ語にはいったときはまだ古典式の[レークス]みたいな発音だったんだろう。

Η/η の発音はもともと[エー]だったのが、そのうち Ι/ι とおんなじになった。そのことはここのモザイク画にもいろいろあらわれてる。

これは「大天使ガブリエル」ってかいてある。Ο ΑΡΧΑΓΓΕΛΟΣὁ ἀρχάγγελος [hoarkʰáŋɡelos ホ・アルカンゲロス/oarˈxaŋɡʲelos オ・アルハンギェロス]、大天使)は定冠詞をふくめた最初の4文字だけに略したかきかたなんだけど、ΑΡ が結合文字になってるから、3文字になってる。ΓΑΒΡΙΗΛΓαβριήλɡabriɛ̌ːl ガブリエール/ɣavriˈil ガヴリイル])のほうは略してない。

このガブリエルはもともとのつづりのまんまだ。でも ΗΙ とおんなじ発音になったせいで、このふたつの文字がごちゃごちゃになってるつづりもある。

これをみると ΗΙ が逆になってるのがわかる。それでもこのころの発音としてはかわりがない。AB は結合文字になってる。

これはふたつとも Η だ。おんなじ聖堂のなかのモザイク画なのに、なんでつづりがバラバラなんだろ。そのへんのことは気にしなかったのかな。

大天使ミカエルの名まえはこういうふうに略してある。ΜΙΧΑΗΛΜιχαήλ [mikʰaɛ̌ːl ミカエール/mixaˈil ミハイル])の最初の3文字をとったもので、3文字めの Χ を上にかくのは大天使の略しかたとおんなじだ。

ミカエルの略した名まえはべつのとこだとこういうふうになってる。ここでも Ι のかわりに Η がつかわれてる。

ほかにも、ΟΩ がおんなじ発音になったせいで、Ο のかわりに Ω がつかわれてるのもあったりして、当時の発音を反映してるつづりがいくつかある。

こういうふうな人物の名まえだけじゃなくて、それなりにまとまってる文章もあるけど、そういうのを最後にひとつだけあげておこう。

ドーム天井の真ん中にキリストの絵があって、あたまの左右には省略記号の横線がついた IC と XC がある。これだけだとラテン文字にもみえるけど、それぞれギリシャ語の ΙΗΣΟΥΣἸησοῦς [iɛːːs イエースース/iiˈsus イイスス]、イエス)と Χριστός [kiːstós クリーストス/xrisˈtos フリストス]、キリスト)の略だ。このキリストのまわりの円形の帯にギリシャ語がかいてあって、キリストのあたまの上に十字の記号があるけど、文章はそこからはじまってる。途中に文章をくぎるちいさい十字もある。

✝ΕΓΩ ΕΙΜΙ ΤΟ ΦΩΣ ΤΟΥ ΚΟΣΜΟΥ +
Ο ΑΚΟΛΟΥΘΩΝ ΕΜΟΙ ΟΥ ΜΗ ΠΕΡΙΠΑΤΗΣΗ ΕΝ ΤΗ ΣΚΟΤΙΑ ΑΛΛ ΕΧΕΙ ΤΟ ΦΩΣ ΤΗΣ ΖΩΗΣ

Ἐγώ εἰμι τὸ φῶς τοῦ κόσμου· ὁ ἀκολουθῶν ἐμοὶ οὐ μὴ περιπατήσῃ ἐν τῇ σκοτίᾳ, ἀλλ’ ἕξει τὸ φῶς τῆς ζωῆς.

わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。
(『ヨハネによる福音書』第8章第12節、新共同訳)

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2012.05.21 kakikomi; 2017.06.29 kakinaosi

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