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英語版ウィキペディアの日本語のアクセント記号

英語版ウィキペディアで日本語関係の項目をみてたら、日本語のアクセントの滝をあらわすのに IPA の downstep の記号[]をつかってるのをみつけた(「Wikipedia:IPA for Japanese」「Japanese pitch accent: Examples of words which differ only in pitch」、パソコンの環境によっては downstep 記号が表示されないかもしれない)。でもこれはおかしいんじゃないかな。

っていうか、そもそもどんな記号をつかおうと自由だし(とくに音韻記号のばあいは)、それがまちがいってことにはならないけど、この downstep のつかいかたは IPA とはちがってる。それを IPA だっていってるのはおかしいだろう。

アクセントの滝っていうは、アクセント核のあとのオトがさがる境目のことだけど、これをあらわすのに国語学なんかじゃ[ ̚ ]っていうカギカッコみたいな記号をつかってた。でもユニコードが普及するまえはコンピューターでこの記号がつかえなくて、かわりにアポストロフィーをつかったりもしてた。

いまはこの記号もユニコードにはいってるんだけど、IPA としてはべつのつかいかたで、「無開放(no audible release)」をあらわす。これは閉鎖音が閉鎖したまんまで息が外にでないことで、たとえば英語で閉鎖音がつづくとひとつめの閉鎖音が無開放になるし(たとえば doctor [ˈdɒk̚ tə]の /k/)、朝鮮語とかタイ語とかアイヌ語の音節おわりの閉鎖音は無開放だ。

だから IPA にしたがうんならアクセントの滝にはちがう記号をつかうことになる。でも IPA の downstep はアクセントの滝とはちがう。そもそも downstep っていうことばがあいまいで、日本語のアクセントの滝のことも downstep っていえるだろうけど、IPA の downstep はこれとはべつだ。

国際音声学会編(竹林滋・神山孝夫訳)『国際音声記号ガイドブック ―国際音声学会案内―』(大修館書店)にはこうかいてある(原文もつける)。

通常の音調記号で示される声の高さに手を加え,[] と [] を用いて,それぞれ高目 (upstep) と低目 (downstep) を表すことができる。

The symbols [] for upstep and [] for downstep are used to show modifications (raising or lowering) of the pitch indicated by ordinary tone symbols.

以下に記す2つの記号は,その次の音調が一段低い,あるいは高いことを示す。

There are two symbols for showing that subsequent tones may be a step lower or higher.

ふたつめの説明がちょっとあいまいかもしれない。「その次の(subsequent)」っていうのがまえの音節に対してそのあとの音節っていうふうにとることもできる。それだと日本語のアクセントの滝にも都合がいいみたいな感じだけど、downstep の記号は音節のまえにつけるもので(つよさアクセントの記号みたいに)、「その次の」っていうのはこの記号のあとってことだろう。つまり、まえの音節よりひくいってことじゃないはずだ。

downstep 記号があらわすのは「通常の音調記号で示される声の高さに手を加え」ってことなんだから、もともとなんかの記号であらわされてるたかさに対してそれを変更するわけで(なんの記号もついてないばあいは、それはそれでそのたかさに対して)、ただ「ひくい」ってことじゃなくて「modification」「lowering」「a step lower」だ。その「lowering」「a step lower」っていうのはまえの音節に対してじゃなくて、downstep 記号がまえについてるその音節そのもののたかさの変更だ。

2012.05.02 kakikomi

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