« タキサイキア | トップページ | 「イース7」のギリシャ数字 »

ラテン語の学名のよみかた(の一例)

ラテン語の学名の発音についてはいろんなかんがえかたがあるだろう。欧米のばあい、それぞれラテン語の発音の伝統があったりもするから、それでよむことがおおいんじゃないかともおもう。でも、日本のばあいはそういう伝統があるわけでもない。

日本で でてるラテン語の本はたいてい古典式の発音をおしえてるとおもうけど、学名には古典にないことばがたくさんあるから、そういうあたらしくつくられたことばを古典式でよむ必要はないし、そうじゃなくても、古典作品じゃないものをどうしても古典式で発音しなくちゃいけないわけでもない。といって、古典ラテン語をしってるひとが古典式でよむのがわるいわけでもない。

そうすると、いくつかあるラテン語の発音のうちどれがいいのかっていうと、あくまで実用的にかんがえるとして、どうもどれとはいえないような感じがする。ただし実用的っていっても、どの点からかんがえるかでいろいろちがってくるわけだけど、ここではつづりと発音が一致するっていうのを実用的ってことの第一にかんがえたい。ひとつの文字が複数の発音をあらわすことがないのが実用的にはいちばんいいんじゃないかとおもう。

そういうのにいちばんちかいのは古典式だ。ただし古典式のばあい母音のながさがつづりからはわかんない。この点だけが古典式でつづりと発音が一致してないとこなんだけど、学名は古典作品じゃないんだから、母音のながさは無視すればいいとおもう。まえにもちょっとかいたことがあるけど、学名の発音としては母音のながさを無視した古典式がとりあえずいいんじゃないかとおもう。

母音のながさを無視するとアクセントの位置がわかんなくなるばあいがでてくる。でもこれはローマ式とかドイツ式でもおんなじことで、アクセントの位置は古典式の発音からかんがえる必要がある。それでも、アクセントは無視するとすれば、これについてはとくに問題にはならないだろう。アクセントが気になるひとは、どの発音をつかうにしても、つづりからアクセントの位置がわかんないばあいは辞書かなんかで古典式の母音のながさを確認するしかない。

それから、実用的っていっても、ここでかんがえてるのはカタカナ発音とはちがう。結果的に日本語なまりにはなるだろうけど、あくまで外国語として発音することをかんがえてる。そうじゃないと L と R の区別もつけられない。

で、実際どんな感じかっていうと、だいたいはローマ字よみになる。母音は a、e、i、o、u が「ア、エ、イ、オ、ウ」。それにもうひとつ、y っていう母音があって、その y のよみかたが問題かもしれない。「イ」ってよんでることがおおいだろうけど、つづりと発音の一致ってことでいえば、「イ」ってよむ母音字が i と y のふたつになるのはよくない。古典式のとおり /y/ のまんまがいいとおもう。これはドイツ語の ü と y、フランス語の u の発音で、ウの口のかたちでイって発音する。ドイツ式でもこの発音になる。これがむずかしければ実用的には「ユ」でもいい。

つぎに子音だけど、c はどのばあいも /k/ ってよむ。たとえば ce は /se セ/ とか /tʃe チェ/ じゃなくて /ke ケ/ だ。k も /k/ だけど、もともとのラテン語には k はほとんどでてこない。

g も発音はひとつで /ɡ/ だから、ge は /dʒe ジェ/ じゃなくて /ɡe ゲ/ になる。

j は /j/。ドイツ語の j とおんなじことで、ようするにヤ行の子音だ。ja は /ja ヤ/ になる。

n は c、k、g、x のまえで /ŋ/ になるけど、これはとくに意識しなくても自然にそうなるから「ン」でいい。自然にそうなるっていえば、日本語の「ン」はマ行・バ行・パ行のまえだと自然に[m]になるから、-mm-、-mb-、-mp- のばあいの m をカタカナで「ム」ってうつす必要はない。っていうか、それじゃかえっておかしい。「ン」がちょうどいい。

qu は /kʷ/ で、qua は /kʷa クヮ/。英語の qu とおんなじことだ。

s はつねに /s/ で /z/ にはならない。

v は古典式の /w/ じゃなくて、それよりあとの時代の /v/ にしたほうがわかりやすいともいえる。それに、w はもともとラテン語にはないんだけど、学名のなかには w がでてくるのもあって、そのばあいの w は英語式の /w/ なんだろうから、これと区別するためにも v は /v/ のほうがいいともいえる。

ほかに、子音の発音としては無気音と有気音の区別がちょっとやっかいかもしれない。学名にはギリシャ語からつくったものがおおいから、そういうのにはけっこう有気音がでてくる。つづりとしては ch、ph、th で、/kʰ/ /pʰ/ /tʰ/ っていう発音なんだけど、とりあえず c+h、p+h、t+h ってかんがえればいいだろう。cha だったら、有気音の /kʰa/ じゃよくわかんなければ「クハ」みたいなつもりでもいいかもしれない。ちなみに日本語のカ行・タ行・パ行の子音は有気音のことがおおいから、ほんとは無気音を発音するほうがむずかしい。ca、pa、ta を日本語のはなし手が発音すると、そんなにつよい気音じゃないけど有気音になってることがおおい。

ph は /f/ のほうがわかりやすいかもしれないけど、それだと f とおんなじになっちゃうから、やっぱり古典式のまんまの /pʰ/ のほうがいいとおもう。th を英語の /θ/ で発音する手もあるだろうけど、それだと日本語のはなし手にとっては s とまぎらわしい。ch をドイツ語式の /x/ で発音することもかんがえられるけど、それだと h とまぎらわしい。ch、ph、th はどういうやりかたをしてもちょっと問題かもしれない。それと、こういうギリシャ語起源の ch は英語よみでも /tʃ/ にはならない。chorus の ch とおんなじで /k/ だ。

にたようなのに rh っていうのがあって、これもギリシャ語をうつしたものだ。この発音は無声音の[]で、そういう発音ができればそれでいいけど、学名でわざわざ[]の発音をすることもないだろうから、これにかぎっては h を無視してただの r として発音すればいいだろう。ch とかとちがって、これは r+h じゃないから rha を「ルハ」ってよむのはどうかとおもう。でも、つづりをおぼえるための便法としてそう発音するっていうのはありかもしれない。それでも、学名をカタカナがきするばあいに「ルハ」ってかくのはおかしい。カタカナとしては「ラ」だ。rha の実際の発音はどっちかっていえば「フラ」にちかい感じで、古代の例でもギリシャ語のこの発音を hra っていうふうにラテン語にうつしてるのがある。

おんなじ子音が連続してるときは、ちゃんとふたつぶん発音する。abba は「アッバ」、acca は「アッカ」、alla は「アッラ」、amma は「アンマ」、anna は「アンナ」。

これをいちおうまとめておこう。

a /a/
b /b/
c /k/
ch /kʰ/
d /d/
e /e/
f /f/
g /ɡ/
h /h/
i /i/
j /j/
k /k/
l /l/
m /m/
n /n, ŋ/
o /o/
p /p/
ph /pʰ/
qu /kʷ/
r /r/
rh /r/
s /s/
t /t/
th /tʰ/
u /u/
v /v/
w /w/
x /ks/
y /y/
z /z/

アクセントについてつけくわえると、ラテン語は、うしろから2番めの音節がながければそこにアクセントがあって、みじかければそのまえの音節にアクセントがある。うしろから2番めの音節の母音が二重母音ならそれだけでその音節がながいことになるからそこにアクセントがあるし、うしろから2番めの音節の母音のあとに子音がふたつ以上あれば(bl、cr、tr みたいな閉鎖音+流音のばあいをのぞく)、そのばあいも音節がながくなるからそこにアクセントがある。こういうのは辞書をみなくてもつづりからアクセントの位置がわかる。

問題なのは うしろから2番めの音節の母音が二重母音じゃなくて、そのあとに子音がひとつしかないか、子音がないばあいだ。こういうばあいだけ うしろから2番めの音節の母音のながさをたしかめればいい。その母音がながければそこにアクセントがあるし、みじかければアクセントはそのまえの音節にある。

それから、2音節の単語は音節のながさに関係なく、うしろから2番めの音節にアクセントがある。

ラテン語のアクセントの性質についてはいろいろあるけど、学名をよむうえでは、たかさアクセントでも つよさアクセントでも、どっちでもいいだろう。日本語のはなし手としては たかさアクセントのほうがやりやすいだろうけど。

とくに うしろから2番めの音節にアクセントがあるばあいに、その母音をイタリア語みたいにのばして発音するやりかたをしてるひともいるかもしれない。母音のながさは無視するってことにしたけど、アクセントのある母音をのばすっていうのがやりやすければ、それだってわるくはない。

つぎに学名の例をいくつかあげておこう。発音記号にはアクセント記号をつけたけど、記号としては英和辞典でよくみかける記号にした。これはわかりやすさを優先しただけで、IPA 式の たかさアクセントの記号のつもりってわけじゃない。それから、音節のきれ目の記号のピリオドもいれておいた(伝統文法のつづりのきりかたとはすこしちがう)。

  • Angelica pubescens /aŋ.ɡé.li.ka pu.bés.kens アンゲリカ プベスケンス/
  • Apis mellifera /á.pis mel.lí.fe.ra アピス メッリフェラ/
  • Aspergillus oryzae /as.per.gíl.lus o.rý.zae アスペルギッルス オリュザエ/
  • Australopithecus /aus.tra.lo.pi.tʰé.kus アウストラロピテクス/
  • Bos taurus /bós táu.rus ボス タウルス/
  • Brachyura /bra.kʰy.ú.ra ブラキュウラ/
  • Cettia diphone /két.ti.a di.pʰó.ne ケッティア ディポネ/
  • Chimonanthus praecox /kʰi.mo.nán.tʰus práe.koks キモナントゥス プラエコクス/
  • Chionanthus retusus /kʰi.o.nán.tʰus re.tú.sus キオナントゥス レトゥスス/
  • Coptis quinquefolia /kóp.tis kʷiŋ.kʷe.fó.li.a コプティス クィンクェフォリア/
  • Cyperus papyrus /ky.pé.rus pa.pý.rus キュペルス パピュルス/
  • Dianthus caryophyllus /di.án.tʰus ka.ry.o.pʰýl.lus ディアントゥス カリュオピュッルス/
  • Equus caballus /é.kʷus ka.bál.lus エクゥス カバッルス/
  • Eretmochelys imbricata /e.ret.mó.kʰe.lys im.bri.ká.ta エレトモケリュス インブリカタ/
  • Felis silvestris catus /fé.lis sil.vés.tris ká.tus フェリス スィルヴェストリス カトゥス/
  • Hibiscus schizopetalus /hi.bís.kus skʰi.zo.pé.ta.lus ヒビスクス スキゾペタルス/
  • Nymphaea colorata /nym.pʰáe.a ko.lo.rá.ta ニュンパエア コロラタ/
  • Ornithomimus /or.ni.tʰo.mí.mus オルニトミムス/
  • Ovis aries /ó.vis á.ri.es オヴィス アリエス/
  • Panthera leo /pan.tʰé.ra lé.o パンテラ レオ/
  • Prunus jamasakura /prú.nus ja.ma.sá.ku.ra プルヌス ヤマサクラ/
  • Pseudolabrus semifasciatus /pseu.dó.la.brus se.mi.fas.ki.á.tus プセウドラブルス セミファスキアトゥス/
  • Pteranodon /pte.rá.no.don プテラノドン/
  • Pteromys volans /pté.ro.mys vó.lans プテロミュス ヴォランス/
  • Ranunculus /ra.núŋ.ku.lus ラヌンクルス/
  • Sciurus vulgaris orientis /ski.ú.rus vul.ɡá.ris o.ri.én.tis スキウルス ヴルガリス オリエンティス/
  • Spheniscus demersus /spʰe.nís.kus de.mér.sus スペニスクス デメルスス/
  • Triceratops /tri.ké.ra.tops トリケラトプス/
  • Tyrannosaurus /ty.ran.no.sáu.rus テュランノサウルス/
  • Vaccinium corymbosum /vak.kí.ni.um ko.rym.bó.sum ヴァッキニウム コリュンボスム/
  • Velociraptor /ve.lo.ki.ráp.tor ヴェロキラプトル/

ちなみに Chimonanthus を「チモナンサス」、Chionanthus を「チオナンサス」ってかいてあるのをみたことがある。これって英語よみみたいにみえるけど、実際はそうじゃない。英語よみはそれぞれ /ˌkaɪməˈnænθəs カイマナンサス/、/ˌkaɪəˈnænθəs カイアナンサス/ だ。ギリシャ語起源の ch は英語よみでも /tʃ/ にはならないってことは上で説明したとおり。学名を英語よみしたいひとはそうすればいいんだけど、こういうおかしな英語よみでもいいってことにはならないだろう。

ただそうはいっても、ギリシャ語起源かどうかわからないってことになるかもしれない。このあと例をあげるみたいな、はっきり ch を /tʃ/ ってよむ名まえがもとになってるような学名以外は、ch がでてくるのはほとんどギリシャ語からつくったものだから、ch があればギリシャ語系ってかんがえてまずまちがいない。学名の ch は一部の例外をのぞいて英語よみなら /k/ になる。

ラテン語・ギリシャ語以外の要素からつくられた学名のばあいは、もとのことばの発音をのこしてたりするから、ラテン語のよみかたとしては例外になるものがある。そういうのをいくつかあげておこう。

  • Citrus sudachi /kí.trus sú.da.tʃi キトルス スダチ/ (ヘボン式ローマ字の ch)
  • Citrus tachibana /kí.trus ta.tʃí.ba.na キトルス タチバナ/ (ヘボン式ローマ字の ch)
  • Citrus unshiu /kí.trus ún.ʃi.u キトルス ウンシウ/ (ヘボン式ローマ字の sh)
  • Fritillaria camtschatcensis /fri.til.lá.ri.a kam.tʃat.kén.sis フリティッラリア カムチャトケンスィス/ (ドイツ語式の tsch)
  • Gojirasaurus /ɡo.dʒi.ra.sáu.rus ゴジラサウルス/ (ヘボン式ローマ字の j)
  • Hoya carnosa /hó.ja kar.nó.sa ホヤ カルノサ/ (英語式の子音の y)
  • Nurhachius /nur.há.tʃi.us ヌルハチウス/ (英語式の ch)
  • Rhododendron kiyosumense /ro.do.dén.dron ki.jo.su.mén.se ロドデンドロン キヨスメンセ/ (ローマ字の y)
  • Shantungosaurus giganteus /ʃan.tuŋ.ɡo.sáu.rus ɡi.ɡan.té.us シャントゥンゴサウルス ギガンテウス/ (英語式の sh)
  • Wasabia japonica /wa.sá.bi.a ja.pó.ni.ka ワサビア ヤポニカ/ (ローマ字の w)
  • Wisteria floribunda /wis.té.ri.a flo.ri.bún.da ウィステリア フロリブンダ/ (英語式の w)
  • Yucca gloriosa /júk.ka ɡlo.ri.ó.sa ユッカ グロリオサ/ (英語式の子音の y)

Kirengeshoma palmata は日本語のキレンゲショウマだから、sh はヘボン式ローマ字のつづりだ。ラテン語のアクセントをつけるとすれば、もともと o がながいからそこにアクセントがある。母音のながさは無視することにしたわけだけど、もとが日本語の「キレンゲショーマ」なんだから無理に「キレンゲショマ」にしなくてもいいだろう。palmata は /pal.má.ta パルマタ/。

それから、Edgeworthia chrysantha なんていうのは英語の Edgeworth っていう名まえからつけられたんだから、「エッジワースィア」とでもよめばいいんだろう(アクセントは「ワー」のとこ)。chrysantha は /kʰry.sán.tʰa クリュサンタ/ [ky-]。

以上は、あくまで個人的な意見にすぎない。けっきょくはそれぞれよみやすいようによめばいいだろうし、実際いろんな発音でよまれてるんだろう。共通してるのはつづりだから、つづりさえまちがえなきゃいいわけで、そのためにはつづりと発音が一致してるほうがいいとおもったから、こんなことをかんがえてみた。

英語よみについてつけくわえると、英語よみのアクセントの位置はラテン語そのものとおんなじだし、ラテン語の英語よみはそのつづりの英語としての規則的な発音だから、学名のつづりとアクセントの位置がわかってればほとんど規則的によめる。これについては「古代ギリシャの名まえの英語よみ」で説明したラテン語の名まえの英語よみが学名にもあてはまる。そういうことからいえば、規則的によめるんだから、いちいち英語よみをおぼえる必要はないって一応はいえる。

関連記事
 ・ラテン語の発音(古典式とローマ式)
 ・古代ギリシャの名まえの英語よみ
 ・怪獣の名前からつけた学名

2012.06.15 kakikomi

|

« タキサイキア | トップページ | 「イース7」のギリシャ数字 »