« 「イース7」のギリシャ数字 | トップページ | にゃらんの弟子のツイート »

ラテン語の有気音とアクセント

中山恒夫『古典ラテン語文典』(白水社)にこんなことがかいてある(誤植とおもわれるとこも原文どおり)。

 帯気音 ph,th,ch はギリシア語系の語に出てくる子音で,正確な発音は[pʰ, tʰ, kʰ]であり,二重子音ではなく,有気の無声子音で,1子音として扱う(厳密には「p, t, k+有気母音」である).ローマ人が実際にこれをどう発音したのか,分らない.ローマの学者はギリシア語の術語を盲目的に翻訳して使っているだけであり,真実を記述しているかどうか分からない.我々にも[pʰ, tʰ, kʰ]と[p, t. k]を区別して発音することはできない.

たしかにローマ人が実際にどう発音してたかは問題だろう。たんなる学者ことばにとどまってたようなギリシャ語系の単語はともかくとして、それなりに一般にひろまったような単語のばあい、そこらのローマ人が有気音(帯気音)をちゃんと発音してたかどうかは疑問におもう。

でも、ギリシャ語がわかってるローマの知識人がちゃんと発音してたとしてもおかしくはない。いまの学者とはちがって、ローマの知識人にとってギリシャ語はよむだけのことばじゃなかったわけで、会話だってしてたんだから、発音もそれなりのものだったんじゃないのかな。ひとにもよるだろうけど。

いまの学者だったら、発音はあくまでも実用的にかんがえて、よむだけのことばとしては有気音と無気音の区別なんか必要じゃないってかんがえることもできる。その点からすると、「ローマ人が実際にこれをどう発音したのか,分らない」「我々にも[pʰ, tʰ, kʰ]と[p, t. k]を区別して発音することはできない」っていうのは、そういうやりかたを正当化するための理屈ともいえないことはない。

「ローマ人が実際にこれをどう発音したのか,分らない」っていうのはそのとおりだとおもうけど、「我々にも[pʰ, tʰ, kʰ]と[p, t. k]を区別して発音することはできない」ってきめつけるのはどうかとおもう。有気音と無気音の区別は、中国の標準語にも方言にも、朝鮮語にもあるし、タイ語とかヒンディー語とかネパール語にもある。そういうことばをならったり、仕事でつかってたりする日本人は実際にいるわけで、そういうひとたちはこの区別を発音しわけたり、ききわけたりしてるはずだから、「我々にも[pʰ, tʰ, kʰ]と[p, t. k]を区別して発音することはできない」なんてことはないはずだ。自分にはできないっていうのが正確なんじゃ…。

ラテン語のアクセントについてはこういうことがかいてある。

 アクセントの種類(性質)は,古代の学者の記述では,ギリシア語式の高アクセント(pitch accent)であるとされる.しかし今では異論が唱えられている.日常語のアクセントは強アクセント(stress accent)だったけれども,古典語のほうは,学者がギリシア語のアクセントを記述する用語をそのまま適用したために,高アクセントと誤解されたものと思われる.実際に歴史以前のラテン語でも(ただし語頭アクセント),中世のラテン語でも強アクセントであり,間の時期だけが高アクセントだったと言うことは極めて疑わしい.

ラテン語のアクセントの性質についてはいろんな説がある。ローマの「学者がギリシア語のアクセントを記述する用語をそのまま適用した」っていうのはそれ自体としてはそのとおりだろうけど、だからって文字どおりの意味じゃないとはかぎらない。こういう解釈は、有気音について「ローマの学者はギリシア語の術語を盲目的に翻訳して使っているだけであり,真実を記述しているかどうか分からない」っていうのと共通してる。この手の解釈をするんなら、なんとでもいえるような気もする。

自分としては、古典時代のラテン語のアクセントの性質についてちゃんとした根拠にもとづいたかんがえがあるわけじゃないけど、引用した文章の最後にある「実際に歴史以前のラテン語でも(ただし語頭アクセント),中世のラテン語でも強アクセントであり,間の時期だけが高アクセントだったと言うことは極めて疑わしい」っていうのには疑問を感じる。

疑問っていうのは、古典時代にも つよさアクセントだったってことじゃなくて、そうかんがえる手がかりのひとつとして「歴史以前のラテン語」のアクセントをもちだすことについてだ。引用文にもかいてあるみたいに、歴史以前のアクセントは単語の最初にあった。つまり古典時代以後のアクセントとは位置がちがう。古典時代のアクセントと中世のアクセントはおんなじ位置だから、性質がちがうとすれば、それはおんなじアクセントの変化なんだけど、歴史以前のアクセントはおんなじアクセントじゃなくて、べつものだ。そのことからすれば、アクセントの性質のうつりかわりをかんがえるうえで、歴史以前のアクセントはあんまり参考にはならないんじゃないかとおもう。

関連記事
 ・ラテン語の発音(古典式とローマ式)
 ・「物質的」になったアクセント

2012.08.11 kakikomi

|

« 「イース7」のギリシャ数字 | トップページ | にゃらんの弟子のツイート »