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松坂桃李の「とおり」

わかて 俳優 の 松坂 桃李 の 桃李 って いう なまえ は 中国 の 古典 から とってる の は いい と して、 かな で 「とうり」 じゃ なくて 「とおり」 って かく らしい。 これ は おや の こだわり だ って いう ん だ けど、 どう いう こだわり な ん だろ。

「現代仮名遣い」 は オ列 を のばす の に は オ列 の かな に 「う」 を そえる って こと に なってて、 これ は けっきょく 旧かなづかい を ひきずった もの だ。 旧かな で 「う」 か 「ふ」 だった の が 「現代仮名遣い」 で 「う」 に なる。 たとえば は 旧かな で 「とう」 だった から 「現代仮名遣い」 で も 「とう」 だ し、 は 「たう」 だった から 「とう」、 は 「たふ」 だった から 「とう」、 今日 は 「けふ」 だった から 「きょう」 に なる。

オ列 を のばす の に は こう いう の が おおい から 「う」 を そえる って いう の が 原則 って こと に なっちゃってる けど、 旧かな で 「う」 か 「ふ」 じゃ なくて 「ほ」 か 「を」 だった の も あって、 それ だ と 「現代仮名遣い」 は 「お」 を そえる。 通り は 旧かな で 「とほり」 だった から 「とおり」 に なる し、 は 「とを」 だった から 「とお」 に なる。

「現代仮名遣い」 は 現代 の ニホン語 の かなづかい な の に 旧かなづかい を もと に して る わけ だ。

ローマ字 なら オ列 を のばす の に は のばす 記号 を つかう。 訓令式 だ と 今日 は kyô、 通り は tôri で、 ヘボン式 なら 記号 が ちがって、 kyō、 tōri に なる。 つまり いま の ニホン語 の 発音 を もと に してる わけ で、 かなづかい を ローマ字 に うつした わけ じゃない。 kyou と か いう つづり は ローマ字 の ちゃんと した つづり を しらない ひと が まちがって ローマ字 入力 の やりかた を その まんま つかっちゃってる ん だろう (映画『TAJOMARU』(ヘンなローマ字について)」「母音をのばすヘンなローマ字」)。

「現代仮名遣い」 の 問題点 の ひとつ は この オ列 を のばす とき 「う」 を そえる って こと だ と おもう ん だ けど、 「現代仮名遣い」 で も ア列 イ列 ウ列 エ列 を のばす とき に は それぞれ 「あ」 「い」 「う」 「え」 を そえる こと に なってて、 オ列 だけ が おかしな こと に なってる。 ローマ字 みたい に 発音 を もと に する なら、 オ列 を のばす とき に も ほか の 列 と おんなじ よう に 「お」 を そえれば いい。 「とおり」 みたい に そう いう の も ある ん だ から、 そっち に あわせりゃ よかった の に。

で、 松坂 桃李 の おや が どう いう こだわり を もってた の か は わかんない けど、 「とおり」 って こと に した の は、 オ列 を のばす の に は 「お」 を そえれば いい って おもってた って こと は ない の か な。

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2012.09.29 kakikomi

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