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ecce homo と noli me tangere

西洋の宗教美術で、十字架にかけられるまえのイバラの冠をかぶったキリストの像のことをラテン語で

ecce homo

っていってる。発音は、

古典式:エッケ ホモー  
ローマ式:エッチェ オモ 
ドイツ式:エクツェ ホーモ

キリストがローマの総督ピラトのまえにひきだされて、さばかれる場面で、ピラトはキリストに罪はないって判断して、

ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。
(『ヨハネによる福音書』第19章第4節~第5節、新共同訳)

この「見よ、この男だ」っていうののラテン語が ecce homo だ。原文のギリシャ語は

ἰδοὺ ὁ ἄνθρωπος.

っていうもので、発音は古典式で[idǔː hoántɔːpos イドゥー ホ・アントローポス]、口語訳だと「見よ、この人だ」って訳してる。

ecce homo はよく「この人を見よ」って訳されたりしてるけど、ecce も ἰδού も「見ろ」っていう動詞そのものじゃなくて「ほら、さあ(これが…だ、ここに…がいる)」っていう間投詞だし、homo も ὁ ἄνθρωπος も主格(…が)で、対格(…を)じゃない。

もうひとつ。キリストが復活したあと墓場でマグダラのマリアに姿をあらわしたときの図をラテン語で

noli me tangere

っていうんだけど、発音は、

古典式:ノーリー メー タンゲレ
ローマ式:ノリ メ タンジェレ 
ドイツ式:ノーリ メ タンゲレ 

キリストが金曜日に処刑されたあと、日曜日の朝はやく、マグダラのマリアが墓にいくと、墓の入り口をとじてあるはずの石がどけてあったから、弟子たちにそのことをしらせて、弟子たちも見にきて、遺体がないことをたしかめた。そのあと、

マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」 こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」 マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」 イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」
(『ヨハネによる福音書』第20章第11節~第17節、新共同訳)

この「わたしにすがりつくのはよしなさい」っていうののラテン語が noli me tangere だ。原文のギリシャ語は

μή μου ἅπτου.

っていうもので、発音は古典式で[mɛ̌ːmuː háptuː メー・ムー ハプトゥー]、口語訳だと「わたしにさわってはいけない」って訳してる。

2013.02.07 kakikomi

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