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日本語の哲学用語

哲学 の 本 が むずかしい の は、 内容 が むずかしい って こと も もちろん ある けど、 それ いじょう に ことば の 問題 が ある。 とくに ニホン語 の 哲学書 の ばあい は そう だろう。 フジサワ ノリオ (藤澤 令夫) は こんな こと を かいてる。

われわれはプラトンにおいて、哲学が対話というしなやかな形式のもとに、つとめて専門用語を作ることを避けつつ、もっぱら日常語の精緻な建築によって、時には冗談もまじえ、急がずあわてず、ロゴスのみちびくがままに一歩一歩問題の核心に迫っていく、といったような、その意味で人間の日常生活と密着した仕事であるのを見る。そして、例えばそれを日本語に移そうと試みるような場合、はじめてほんとうにわが国の哲学がもっている「壁」につき当たるのである。われわれは日本語のうち哲学的な思想に関わりのある領域が、主としてドイツ哲学の用語(であろうか、それとても本来は古い伝統において日常語と連続するものなのに)を暴力的に置換したわけの分からぬ漢語によって、すでにそのかなりの部分を占領されているのに気づく。
 わが国の哲学とは、この何か暗号めいた熟語を、ただ気分と手触りでもてあそぶことから成り立っていたのではなかろうか。「思考の遊戯」ならまだよい。しかし、哲学の思考とは本来、いま見たようなものならば、これは思考の遊戯でさえないであろう。われわれの先輩たちは、われわれを哲学からへだてる障壁を作る―― 話の通じないところにどうして哲学がありえようか―― ことにのみ、努力してきたのであろうか。明治以来、哲学の正統をとり入れるための、数々の尊い努力と業績もあったことを、想わないのではない。しかし不幸にして、この領域にあってもまた、悪貨は良貨を駆逐するのである。
(「見うしなわれた原像」〔『藤澤令夫著作集Ⅶ』岩波書店〕、表示 の 都合 で 傍点 を アンダーライン に かえた)

さら に 卒業 論文 に 関連 して こう いう こと も かいてる。

 毎年のことであるが、一つ一つの論文の出来栄えのことは別にして、それぞれの論文の書き方や口調などが、それぞれが扱う哲学者に応じて、おのずからひとつの共通性を示すのはおもしろい。文章の読みやすさという点だけからいえば、古代ではアリストテレスを扱った論文のほうが、プラトンのそれよりもとかく晦渋になりがちであり、全般的には、やはりドイツ観念論関係のものが総じて難解である。用語が固いからであろう。〔…略…〕
 しかしこうした事情は、それぞれが扱う哲学者自身の文体の反映であるというよりも、むしろそれ以上に、わが国における西洋の哲学書の翻訳のあり方と、そこから出発したこれまでの日本の哲学者の文体の影響のほうが、より大きいのではないかという気もする。学生諸君は論文作製にあたって、かなりよく原典を熟読しているのであるが、その原典については多くの場合、すでにこれまでに出た翻訳や論文によって、個々の訳語や文体上の習慣が固定されているから、自分が考えたことをいざ日本語で表現する段になると、どうしてもそれらの習慣によって規制されることになるのである。
 ドイツ観念論やそれにつづく哲学者たちの使う言葉が固くて難解であるといっても、それら一つ一つの原語そのものは、哲学の古い伝統をふまえることによって、言葉として生きていることが、素人の私にもよくわかる。しかしそれらの言葉の大部分は、わが国において、はじめから一般の言葉とのつながりを全く断ち切られた漢字の結合によって置換され、さらに悪いことには、元の言葉がになう伝統への十分な反省なしに乱用されてきた。ディアレクティク(Dialektik)という言葉には、何と言っても、ソクラテスやプラトンの対話的精神と方法(ディアレクティケー)につながる柔軟で豊富な語感があるが、「弁証法」というその訳語は、はじめから不換紙幣となるべき宿命をもたされていたといってもよい。カテゴリー(Kategorie)という言葉には、アリストテレスがはじめてこの日常語(カテーゴリアー=「告発」)に哲学用語としての新しい意味をあたえたときの決意がこめられていて、重量感をもっているが、「範疇」という漢字を前にして、人びとはただ首をひねるばかりであろう。
〔…略…〕
 哲学の伝統をもたなかったローマ人が、はじめてギリシアの哲学の言葉をラテン語で表現しようとしたときにも、彼らは「新語の創造」(キケロ)の必要に迫られ、「祖国の言葉の貧困さ」(ルクレティウス)をなげかなければならなかった。同様の意味で、わが国において最初に西洋の哲学を受けとめた明治初期の学者たちの苦心も、察するに余りある。われわれの「祖国の言葉」は、けっしてそれほど貧困ではないと思うが、ギリシア語に対して異質的であることは、むろんラテン語の比ではない。彼らはむしろ、よくやったといえる。いけないのは、そのあとである。
 不幸にして、その後のわが国の哲学研究の大勢は、先人たちがこうして日本語の中にとり入れた哲学の一つ一つの言葉の大もとに、どのような哲学的事実があるかを凝視するための、すくなくとも西洋の哲学者自身と同程度の労力をはらうという、当然とるべき正規の手続きをおこたった。これには気の遠くなるような地味な仕事の蓄積を必要とするが、そんな暇はなかったのである。学界もまた、富国強兵と近代化を急ぐ国策の支配下にあったようにみえる。一日も早く「輸入」の段階を脱して、日本独自の製品をつくり出すことが念願された。だがこれは、他の分野ではいざしらず、哲学に関するかぎり、はじめから不可能なはなしであろう。
 こうして、苦心して考案された多くの訳語は、正貨と引きかえのきかぬまさしく「日本独自」の哲学用語となって乱用され、個別科学の専門論文とは全く種類の違った「クセニゼイン」が、哲学者の文章の主要な特色となった。戦前における私たちの旧制高校のころには、私たちは無意識のうちに、哲学をするためにはナンセンス・センテンスを書く能力がなければならぬかのように周囲から教えこまれ、そういう「能力」のあるものが哲学青年として幅をきかせていたように思う。
 むろん西洋にも、例えばハイデガーのような難解な文章の書き手がいて、分析哲学者たちの雑誌『アナリシス』の創刊当初の号を見ると、その文章は「哲学的文法への反抗によって無意味性を達成した」(C・A・メイス)ものと規定されたりしている。しかし、私たちが学生時代に読まされた日本の有名哲学者の文章は、これともまた違って、むしろ右のメイスがナンセンスのもう一つの種類としてあげている、「字義どおりの意味をもつことを全く意図せず、ただバランスとリズムとその他の美学的諸特性をもつことだけを意図した語の集積」というほうに入るものが多いのではないかという気がする。
 最近卒業論文のなかに、ときどきこれと同じような昔なつかしい(?)文章を見出してぞっとすることがある。心配なのは、哲学において明晰で判りやすい文章を書くという動きが、そのまま安易に実証主義流の形而上学否定の主張に直結し、これにあきたらぬ気骨ある学生が、反動としてふたたびナンセンス・センテンスに逆戻りするという事態である。
(「卒業論文の季節」〔『藤澤令夫著作集Ⅶ』岩波書店〕)

途中 に でて くる 「クセニゼイン」 (ξενίζειν [ksenízdeːn]) って いう ギリシャ語 は、 引用 を 省略 した とこ で 著者 が 説明 してる よう に、 ここ で は 「異国語を使うこと」 「慣用に全く反した言葉の使い方」 って こと だ。

ドイツ 哲学 の 翻訳語 の こと が でて くる けど、 フジサワ の 先生 に あたる タナカ ミチタロウ (田中 美知太郎) が ドイツ 哲学 の 翻訳 に ついて、 翻訳者 自身 が 意味 が わかって ない って いう よう な こと を いってたっけ。

タナカ ミチタロウ と いえば、 哲学 ばたけ の ひと と いう か 学者 に して は めずらしく、 まとも な ニホン語 で 文章 を かく ひと で、 フジサワ も タナカ に ついて こう いってる。

自分が書く哲学論文そのものの内実によって、従来の日本の哲学のあり方に強くプロテストしたのは、田中美知太郎でした。

田中のこれらの哲学論文は、西洋の古典を広くしっかりと踏まえて、ギリシア哲学はもとより、ヘシオドス、ギリシア悲劇、トゥキュディデスの歴史書などを自在に組み入れながら、哲学の基本問題を平明な文章で論述していて、私がそれまで見馴れていた哲学論文とは、雰囲気と安定感が全然違っていました。
(「西洋古典学と、哲学の再生 ―― 回顧と展望―― 」〔『藤澤令夫著作集Ⅵ』岩波書店〕)

「卒業論文の季節」 の 最後 の ほう に 「哲学において明晰で判りやすい文章を書くという動きが、そのまま安易に実証主義流の形而上学否定の主張に直結し」 って かいて ある けど、 これ に ついて は おもいあたる もの が ある。

思想の科学研究会 編 『哲学・論理用語辞典』 (三一書房)。 わかり やすい 説明 を してる 本 と して それ なり に しられてる と おもう し、 いちおう いい 本 だ と は おもう けど、 形而上学 関連 の 項目 を みる と、 皮肉めいた 口調 で うすっぺら な 批判 が かいて あって、 ちゃんと した 説明 に なってる の か 疑問 に おもう。

この 本 の 「新版」 の 「前の編者のこと」 に、

 敗戦のあくる年に出発したころ,私たちの仲間は,アメリカとフランスへの留学生だったものが大方をしめており,戦争下に日本に紹介される機会の少なかった記号論・分析哲学・論理実証主義の考え方をつたえることをひとつの目標としていた。

って はっきり かいて ある よう に、 この 本 は そう いう たちば に たってる わけ だ から、 かいて ある こと は そう なっちゃう よ な。

ただし 「形而上学」 って いう 項目 は、 ほか の 関連 項目 と ちがって 「新版」 は 「増補改訂版」 と は なかみ が ずいぶん かわってて、 かなり まし に なってる。 なにしろ 形而上学 否定 に 対する 一種 の 批判 の よう な こと も かいて ある ぐらい で、 うすっぺら な 批判 に は おわって ない。

科学的思考による世界観から見て,否定的評価を受ける側面が,特に,権力的,自己閉鎖的,体系的形而上学には見られる。論理実証主義(分析哲学を含めて)も,このような形而上学の破壊と哲学の課題の新しい設定及びその展開をめざした。しかし,そのあり方も,ひとつの理論であり,そのメガネを通しての世界観である限り,それも形而上学の一種である,とする立場もある。それに加えて科学の前提を掘り起こす科学史的研究から,錬金術によりかかりつつ,近代科学が現れてきた事情が文献上明らかになった。そのことは現在の科学についてもその推理がよりどころとするさまざまの方法上の前提があることをうかがわせ,その意味からいって科学論は形而上学から今なお手がきれない,という認識が今日のものである。

それ で も 「新版」 の この 項目 は 全体 と して 文系 てき と いう か 文学 てき と いう か 心理 てき な 解釈 から の 説明 が めだつ。 そう いう はなし の すりかえ は 個人 てき に は すき じゃ ない。 それ に 日本 文化 を もちだして 「形而上学の追究とは異なる文化的特徴」 なんて かいてる けど、 哲学 その もの と して 対決 する ん じゃ なくて 安直 に 日本 文化 と か 東洋 文化 に にげる の も どう か と おもう (そう いう 意味あい で もちだしてる ん じゃ ない の か も しれない けど)。

それ と 形而上学 の 「上」 は 価値 判断 を ともなう 概念 だ から、 そう じゃ ない 「奥」 を つかって 「形而奥学」 の ほう が いい なんて かいて ある けど、 「奥」 だって 奥義 と か いう ことば も ある みたい に 価値 判断 を ともなってる と おもう ん だ けど。

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2015.08.18 kakikomi

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