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プラトーンとアリストテレースの翻訳に
ついていてほしいもの

おもしろい ツイート を みつけた。

A translation of Plato or Aristotle without Stephanus and Bekker numbers is like a map without street names.
(M.A.D. Moore @Atticist)

プラトーン と アリストテレース の 翻訳 で、 プラトーン に は ステファヌス版 の 番号 が、 アリストテレース に は ベッカー版 の 番号 が ついて ない の は、 とおり の なまえ が かいて ない 地図 みたい な もの だ って いう ん だ けど、 なる ほど ね。

ステファヌス版 と ベッカー版 に ついて は まえ に かいた 記事 「プラトーンとアリストテレースの引用:ステファヌス版とベッカー版」 を みて もらう と して、 あの 番号 が ない と たしか に みち に まよう って いう か、 いま どこ に いる の か わからない みたい な こと に なる。

とおして よむ だけ なら なくて も いい か も しれない けど、 引用 する と か、 原文 を 参照 する と か、 翻訳 どうし を つきあわせる と か、 そう いう ばあい に は ない と すごく 不便 だ。

関連記事
 ・プラトーンとアリストテレースの引用:ステファヌス版とベッカー版
 ・ステファヌス版プラトーン全集

2015.08.21 kakikomi

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