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デーバナーガリー文字の日本語

「タモリ倶楽部」(2016.1.22) で インド の タンドール がま を ニホン で つくった タカハシ シゲオ (高橋重雄) って いう ひと の こと を やってた ん だ けど、 番組 の 最後 に インド 料理店 の インド人 から 感謝状 が おくられてた。

その 感謝状 は 「ヒンディー語で日本語を書いてある」 って いってた よう に、 ニホン語 を デーバナーガリー 文字 で かいた もの だった。 「ヒンディー語で」 って こと だ から、 デーバナーガリー 文字 の よみかた は もちろん サンスクリット語 式 じゃ なくて ヒンディー語 式 だ。

ニホン語 の なまえ が デーバナーガリー 文字 で かいて ある の は みた こと が あった と おもう けど、 ニホン語 の 文章 が ある 程度 まとまって デーバナーガリー 文字 で かいて ある の は はじめて みた から すごく おもしろくて、 画面 を とめて じっくり みて みた。


              खान सा जो
  ताकाहासी सीगेओ दोनो
अनातावा निहोन नो ईदो रियोरी नो हात्तेन नी जीनरुकु सरे माशीता. ईस्सो नी नागासाकी रयोको नी ईकी. ईनासायामा दे मिता याके होन्तो नी उत्सुकुसी कटता. आनो तोकी हजिमेते ताबेता कस्टेला नो आजी वा ईमा दे मो वसुरेरारे मासेन.
          हेसे नीजू हाचिनेन इचीगासु 22.
इंनडियन रेस्तोरान अशोका
दाइशो तोरिसीमायिक B.S.VARMA


              khān sā jo
  tākāhāsī sīgeo dono
anātāvā nihon no īdo riyorī no hātten nī jīnruku sare māśītā. īsso nī nāgāsākī rayoko nī īkī. īnāsāyāmā de mitā yāke honto nī utsukusī katā. āno tokī hajimete tābetā kaselā no ājī vā īmā mo vasurerāre māsen.
            hese nījū hācinen icīgāsu 22.
iniyan restorān aśokā
dāiśo torisīmāyik B.S.VARMA

               感謝状
  高橋重雄殿
あなたは日本のインド料理の発展に尽力されました。一緒に長崎旅行に行き。稲佐山で見た夜景 本当に美しかった。あのとき初めて食べたカステラの味 今も忘れられません。
                     平成28年1月22。
インディアン レストラン アショカ
代表取締役 B.S.バルマ


この デーバナーガリー 文字 の 表記 を みる と、 ヒンディー語 で ニホン語 の なまえ を かく とき の 表記 と して 説明 されてる の と 基本 てき に おんなじ だ。

ヒンディー語 に は 母音 の ながさ の 区別 が ある けど、 e と o は ながい の しか ない から ラテン 文字 (ローマ字) に うつす とき に のばす 記号 は つけない し、 ニホン語 の エ と オ は この ながい e と o で あらわす しか ない。

ア に ついて は、 1音節め の ア は みじかい a で あらわされる こと も ある けど、 それ 以外 の ア は ほとんど ながい ā が つかわれる。 みじかい a は いわゆる あいまい 母音 みたい な 発音 だ から、 はっきり した ā の ほう が つかわれる って こと も ある し、 つづり に ふくまれる a は 語末 だ と たいてい 発音 されない し、 ほか に も 発音 されない ばあい が ある から、 ちゃんと ア が 発音 される ため に は ā で あらわす必要 が ある って こと も ある。

イ は みじかい i で いい と おもう ん だ けど、 ここ で は ながい ī が たくさん つかわれてる。

サ行 は シ も ふくめて だいたい s で あらわされてて、 シャ シュ ショ に は だいたい ś が つかわれてる けど、 シ は ś の ほう が いい ん じゃ ない の か な。 シャ シュ ショ が s に なってる とこ も ある から、 この へん は あんまり 気 に して ない みたい だ けど。

で、 こまかい とこ を すこし みてく と、 最初 の 「感謝状」 は खान सा जो khān sā jo で、 1音節 ずつ わかちがき した みたい に なってたり、 シャ が サー に なってたり する けど、 それ は それ と して、 最初 の カ が khā な の が ちょっと おもしろい。 ほか の カ行 は 無気音 の k が つかわれてる の に ここ だけ 有気音 の kh だ。 ニホン語 の カ行 は けっこう 気音 が はいってて、 それ から すれば k じゃ なくて kh を つかう の は おかしく ない ん だ けど、 とくに この カ だけ はっきり 有気音 に きこえる の か な。

「料理」 が रियोरी riyorī な の は やっぱり って かんじ で、 リャ リュ リョ で はじまる ことば が ヒンディー語 と か に は ない から、 むこう の ひと が 発音 し やすい よう に riya riyu riyo って かく こと が おおい。 「旅行」 が रयोको rayoko な の は ちょっと した まちがい だろう。 ほんと は रियोको riyoko の はず だ けど、 最初 の 文字 に 母音 を i に する 記号 を つけわすれた だけ だ と おもう。

「(美し)かった」 が कटता katā に なってる けど、 「発展」 を हात्तेन hātten って かいてる みたい に、 कत्ता kattā で いい と おもう。 特別 な 理由 が ある の か な。 それ と も ただ そう いう ふう に みえる よう な 筆跡 に なっちゃってる だ け な の か な。

「カステラ」 の つづり は、 ニホン語 の 発音 を その まんま うつした ん じゃ なくて、 कस्टेला kaselā に なってる。 カステラ の 語源 は ポルトガル語 の castela だ と か いわれてる し、 カステラ の パッケージ に は castella なんて いう つづり が かいて あったり する から、 そう いう の を もと に した よう な つづり だ。

「1月」 が इचीगासु icīgāsu で、 ツ が सु su に なってる けど、 「美し」 の ツ は त्सु tsu だ。 ここ は わざっと सु su に した わけ じゃ なくて、 ちょっと した ミス だろう。 ただし त्सु tsu って いう つづり は インド人 の 発音 だ と ただ の ツ じゃ なくて ッツ って いう ふう に ttsu みたい に なる ん だ けど。

「インディアン」 の इंनडियन iniyan は か n の どっち か が あれば いい はず だ けど、 おもわず 両方 かいちゃった の か な。

「アショカ」 が अशोका aśokā に なってる。 これ は もともと アショーカ 王 って いう インド人 の なまえ な わけ で、 ヒンディー語 で अशोक aśok だ けど、 この つづり の まんま だ と ヒンディー語 と して は アショーク だ から (おんなじ つづり で も サンスクリット語 の 発音 なら アショーカ)、 ニホン で 「アショカ」 って なまえ で やってる から、 最後 を ā に して カ に なる よう に した ん だろう。

「代表」 が दाइशो dāiśo な の は ちょっと おもしろい。 これ は まあ まちがい だ けど、 そもそも ニホン人 で も エドっこ みたい に ダイショー って 発音 する ひと も いる から、 そう いう の に ひきずられた の か な。 ダイヒョー なら दाइह्यो dāihyo に なる。

「取締役」 の तोरिसीमायिक torisīmāyik は ちょっと した まちがい だろう。 तोरिसीमारीयाकु torisīmārīyāku と で も なる はず だ けど、 ひとつ だけ なおして तोरिसीमारियक torisīmāriyak で も わるく は ない か も。 ローマ字 を みる と ひとつ なおした だけ に は みえない だろう けど、 デーバナーガリー 文字 だ と 文字 を ひとつ たした だけ だ。 i を あらわす 記号 の つぎ に ra を いれた ん だ けど、 その つぎ の ya と ひだり 半分 って いう か はじまり が にてる から、 ra を かきわすれちゃった ん じゃ ない か な。 ただ それ に して も 最後 が yak に なる から、 そこ も おかしい ん だ けど、 この 発音 で も 通じない こと は ない だろう。

わかちがき は ローマ字文 と おんなじ で 基本 てき に 単語式 に なってる (ごく 一部 ちがってる とこ も ある けど)。

[これ を かいた の は 文字 と ことば に 関する 興味 から だけ で、 それ 以外 の 意図 は まったく ありません。]

2016.01.24 kakikomi

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