« 新元号の出典が国書っていっても… | トップページ

くりこみ理論

物理学に「くりこみ理論」っていうものがある。「くりこみ」は英語だと renormalization っていうけど、「くりこみ」は朝永振一郎がつくった用語だ。

本多勝一『実践・日本語の作文技術』(朝日新聞社)にはこの用語について触れてるとこがある。「キャンパス」なんていわなくてもほとんどは「大学」でいいし、そうじゃなきゃ「構内」とか「大学構内」で十分っていったあと、

たとえば「構内」というような漢語(または漢語的日本語)を使うとき、必ずしもスッキリした気分になれないものがある。それは、厳密には「やまとことば」としての日本語の中へ中国語(漢語)をあまりにも入れすぎたこと、造語を漢語に頼りすぎたことによって、やまとことばの発達が阻害または停止させられた苦い歴史があるからだ。これは江戸時代までの学者が民衆の立場にいなかったことの証明だが、明治以後もヨーロッパ語からの翻訳に際してこのセンスは受けつがれ、日本語の中に尨大な同音異義語ができてしまった。字を書かないとわからぬ単語が多いのだ。もしやまとことばが発展していれば、こんな不便は感じなくてすみ、言文一致ももっと自然にすすんだであろう。エスペランチストの物理学者・小西岳氏によれば、故・朝永振一郎教授(ノーベル賞物理学者)はこうした問題に常に心をくばっていたので、例の「くりこみ理論」の「くりこみ」もその結果だという。術語をイギリス語(現代の言語帝国主義)などからとればいくらでも可能だが、あえてそれをしなかったと。こうした真に保守的な態度は、いわゆる「保守派」の文学者や一部の「進歩的」文学者よりも自然科学者にむしろ目立つのはなぜだろうか。

専門用語なのに「くりこみ」なんていうのはおもしろいってと思ってたけど、たまたまそうなったんじゃなくて、朝永振一郎の考えがあったんだな。

そういえば物理学者っていうと、エスペランティストのほかにも、田丸卓郎っていうローマ字論者がいるのを思いだした。

2019.04.13 kakikomi

|

« 新元号の出典が国書っていっても… | トップページ